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百物語  作者: 冷やし中華はじめました


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戦前のタイムカプセル

A氏は、2045年の東京で暮らす歴史学者だった。彼の専門は20世紀前半、特に第二次世界大戦前の日本社会だ。ある日、彼は驚くべき発見をする。祖父の遺品整理中、奇妙な装置を見つけたのだ。


それは、小さな金属製の箱。表面には複雑な回路が刻まれ、中央にはボタンがあった。箱の側面には、「1940年製」という刻印。A氏は躊躇なくボタンを押した。


瞬間、部屋が歪み、A氏の意識が遠のいた。


目覚めると、そこは1940年の日本だった。


街並みは古く、人々は着物姿。A氏は自分の服装が浮いていることに気づき、急いで古着屋で当時の服を調達した。彼は、この不思議な機会を利用し、戦前の日本を直接観察しようと決意する。


まず彼が気づいたのは、街にあふれる軍国主義の空気だった。「欲しがりません勝つまでは」というスローガンが至る所に掲げられ、兵士の姿が頻繁に目に入った。


B夫人という老婆と知り合ったA氏は、彼女から当時の生活について話を聞く。


「物資は乏しくなる一方さ。でも、国のために我慢するのよ」とB夫人。


A氏は当時の人々の思考に驚きを隠せない。歴史書で読んだ内容が、生々しい現実として目の前にあった。


ある日、A氏は路上で若者たちの会話を耳にする。


「おい、C。お前も志願兵に行くんだってな」

「ああ。国のために命を捧げるのは、男の誉れだからな」


A氏は、彼らに戦争の悲惨さを伝えようとするが、言葉が出てこない。歴史を変えることはできないと、彼は悟っていた。


夜、路地裏で秘密会合を開く人々を見つける。彼らは小声で話していた。


「この戦争は間違っている。でも、反対の声を上げれば、特高に連行されてしまう」

「私たちにできることは何もないのか...」


A氏は胸が締め付けられる思いだった。


数週間が経ち、A氏は1940年の日本について多くを学んだ。しかし、彼の存在が徐々に周囲の注意を引くようになっていた。


ある日、特高警察とおぼしき男たちが、A氏に詰め寄ってきた。


「貴様、怪しいな。スパイではないか?」


A氏は逃げ出そうとしたが、袋小路に追い込まれてしまう。絶体絶命のその時、ポケットの中の金属製の箱が熱を帯びた。


A氏がボタンに手をかけた瞬間、風景が歪み、意識が遠のいていく。


気がつくと、そこは2045年の自宅。タイムマシンは粉々に砕け散っていた。


A氏は深いため息をつく。「歴史は、体験しなければ本当の意味では理解できない」


彼は、自身の体験を本にまとめることを決意した。タイトルは「戦前のタイムカプセル」。最後のページには、こう記されていた。


「過去を忘れず、しかし未来を信じよう。平和は、それを望む人々の手によってのみ築かれるのだから」


(了)

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