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百物語  作者: 冷やし中華はじめました
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「時の環」

2045年、人類は存亡の危機に瀕していた。

気候変動による異常気象が日常となり、世界各地で食糧難や水不足が深刻化。新型ウイルスの度重なる変異と蔓延は医療システムを崩壊寸前まで追い込み、AI技術の急速な発展は雇用を奪い、貧富の格差を一層拡大させていた。

そんな中、日本の小さな研究所で驚くべき発見がなされた。

量子物理学者の篠原美咲は、長年の研究の末についに「時間粒子」と呼ばれる素粒子の存在を実証し、それを制御する技術の開発に成功したのだ。この画期的な発見により、理論上は過去への時間旅行が可能になると考えられた。

篠原の発表は世界中に衝撃を与えた。人類に希望をもたらす可能性のある革命的技術として、各国政府や巨大企業が争うように研究資金を投じ始めた。

だが、篠原には誰にも明かしていない秘密があった。彼女はすでに実験用の小型タイムマシンの試作に成功していたのだ。そして、ある決意を胸に密かに準備を進めていた。

人類を救うため、過去に戻って歴史を変えようとしていたのである。

試作機での実験を重ねた末、篠原は遂に実用サイズのタイムマシンの完成にこぎつけた。ただし、エネルギー消費が膨大なため、一人が往復できるだけの能力しかなかった。

篠原は慎重に計画を立てた。目標は2000年、21世紀の幕開けの年だ。この時点なら、気候変動対策や感染症対策、AI規制など、未来の破滅を回避するために必要な政策を世界に提言できるはずだと考えたのだ。

深夜、人気のない研究所で篠原は最後の準備を整えていた。明日になれば政府の監視が厳しくなる。今しかないのだ。

深呼吸をして覚悟を決めた篠原は、タイムマシンに乗り込んだ。スイッチを入れると、まばゆい光に包まれ、激しい振動と共に意識が遠のいていった。

目を覚ますと、そこは確かに2000年の日本だった。

街並みこそ変わらないものの、人々の服装や持ち物が明らかに古い。道行く人々の表情にはまだ希望が満ちているように見えた。

篠原は急ぎ足で歩き始めた。まずは影響力のあるジャーナリストに接触し、未来からの警告を伝えなければ。しかし、その途中で彼女は立ち止まった。

街頭テレビが shocking な映像を映し出していたのだ。

画面には、篠原自身の姿があった。だが、明らかに年老いている。白髪交じりの髪、深いしわの刻まれた顔。そして、その表情には深い悲しみが浮かんでいた。

「私は過去の自分に警告します」

老いた篠原の声が街頭に響いた。

「あなたがタイムマシンで過去に来たことは知っています。なぜなら、私があなただからです」

若い篠原は息を呑んだ。これは一体どういうことなのか。

「人類を救おうとするあなたの行動が、逆に人類を破滅に導くのです。これから私が語る未来を、どうか阻止してください」

老篠原は淡々と語り始めた。

2000年に突如として現れた「未来からの預言者」は、当初こそ物珍しがられただけだったが、その予言の的中率の高さから次第に信憑性を増していった。気候変動や感染症の脅威を訴え、具体的な対策を提言。AI技術の発展にも警鐘を鳴らし、様々な規制の必要性を説いた。

各国政府や国際機関は彼女の警告を真剣に受け止め、前例のないスピードで対策に乗り出した。化石燃料の使用は厳しく制限され、再生可能エネルギーへの移行が加速。医療体制は大幅に強化され、AI開発には様々な制限が課された。

そして2010年代、人類は未曾有の繁栄の時代を迎えたのだ。

気候変動の影響は最小限に抑えられ、新型感染症の流行も効果的に抑え込まれた。AI技術は人間の管理下で適切に発展し、労働環境は改善。貧困率は大幅に低下し、平均寿命は著しく延びた。

だが、それは表面的な繁栄に過ぎなかった。

厳しい規制の下で息苦しさを感じる人々が増え始めた。個人の自由や権利が制限されているという不満が高まり、各地で反政府デモが頻発するようになった。

そして2030年、ついに世界各地で大規模な暴動が勃発。既存の秩序は崩壊し、無政府状態に陥った国が続出した。

さらに皮肉なことに、過度の規制によって新技術の開発が遅れたため、2040年代に発生した未知の感染症に対して人類は無力だった。医療崩壊は想像を絶する規模で起こり、人口は激減。

そして2045年、人類は滅亡の危機に瀕していたのだ。

「私たちの善意の行動が、皮肉にも人類を破滅に導いてしまったのです」

老篠原は深いため息をついた。

「だから、あなたにお願いします。この歴史を繰り返さないでください。2045年に戻り、タイムマシンを破壊してください。人類の運命を変えようとする試み自体が、最大の過ちだったのです」

映像が終わると、若い篠原はその場に立ち尽くした。

頭の中が真っ白になった。自分の行動が人類を破滅に導くなんて。しかし、ここで諦めてしまっては2045年の危機的状況は変わらない。

どうすればいいのか。

篠原は必死に考えた。そして、一つの答えにたどり着いた。

彼女は急いでタイムマシンに戻った。2045年に帰還するつもりだ。しかし、その途中で別の時代に立ち寄ろうと考えていた。

まばゆい光に包まれ、激しい振動と共に意識が遠のいていく。

目を覚ますと、そこは2023年だった。

篠原は急ぎ足で歩き始めた。この時代なら、まだ間に合うはずだ。

彼女は世界中の著名な科学者や政治家、活動家たちに接触した。そして、未来の危機について警告すると共に、それを回避するためのバランスの取れたアプローチを提案した。

極端な規制ではなく、段階的な対策の重要性を説いた。個人の自由と社会の安全のバランス、経済発展と環境保護の両立、AI技術の発展と人間の尊厳の保護。そして何より、柔軟性を持って将来に適応していくことの大切さを強調した。

彼女の警告と提案は、世界中に波紋を広げた。多くの人々が耳を傾け、行動を起こし始めた。

そして最後に、篠原は自身の研究データを公開した。タイムマシンの設計図は除いたものの、時間粒子の発見とその応用に関する情報を世界中の科学者たちに共有したのだ。

「人類の未来は、一人の行動で決まるものではありません」

記者会見で篠原はそう語った。

「私たち一人一人が、自分の行動に責任を持ち、より良い未来を作るために努力する。そうすることで、きっと私たちは乗り越えられるはずです」

そう言い終えると、篠原は姿を消した。2045年に戻るためだ。

再びタイムマシンに乗り込み、まばゆい光に包まれる。

目を覚ますと、そこは確かに2045年だった。しかし、彼女が知っていた2045年とは明らかに違っていた。

街には活気があり、人々の表情には希望が満ちていた。気候変動の影響は見られるものの、その対策技術は著しく進歩していた。新型感染症の流行も効果的に抑え込まれ、AI技術は人間との共生を実現していた。

篠原は呆然と街を歩いた。自分の行動が、確かに未来を変えたのだ。しかし、それは良い方向への変化だった。

研究所に戻った篠原を、同僚たちが笑顔で出迎えた。

「おかえりなさい、篠原さん」

「大変でしたね。でも、あなたのおかげで人類は大きく前進しました」

同僚たちの言葉に、篠原は困惑した。どうやら、この世界線では彼女がタイムトラベルをしたことは公然の事実になっているようだ。

そして、ある同僚が不思議そうな顔で尋ねた。

「でも篠原さん、なぜ2023年に戻ったんですか? 2000年に行くはずだったのに」

篠原は息を呑んだ。彼女の記憶にある2000年での出来事、老いた自分からの警告。それは一体何だったのか。

そして、ふと気づいた。

もしかしたら、あの警告をした「老いた自分」も、別の未来からタイムトラベルしてきたのかもしれない。そして、その未来を変えるために、自分に警告を与えたのだ。

篠原は複雑な思いに包まれた。彼女の行動が未来を変えた。しかし、それは彼女一人の力ではない。過去の自分、未来の自分、そして無数の人々の努力が積み重なって、この未来を作り出したのだ。

時間とは、まるでメビウスの輪のように繋がっているのかもしれない。過去と未来が影響し合い、複雑に絡み合って現在を作り出している。

篠原は深呼吸をして、同僚たちに向き直った。

「私たちにはまだやるべきことがたくさんあります」

彼女はそう言って、新たな研究に取り掛かる準備を始めた。人類の未来は、まだ始まったばかりなのだから。

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