時のパラドックス
A博士は、長年の研究の末についに完成させた「時間操作装置」を前に、興奮を抑えきれずにいた。指先が小刻みに震える。装置は、時間を自在に操る力を持っているはずだ。
「さあ、人類の歴史を変える瞬間だ」
A博士は深呼吸をし、装置のスイッチを入れた。すると、部屋全体が青白い光に包まれ、博士の体が宙に浮いたような感覚に陥る。目の前の景色が歪み、溶けていく。
気がつくと、A博士は見知らぬ街の中心に立っていた。空には奇妙な形の飛行物体が行き交い、道行く人々は皆、体の一部が機械化されているように見える。
「成功だ!未来にやってきたぞ!」
A博士は歓喜の声を上げた。しかし、その喜びもつかの間、突如として空から降ってきた巨大なロボットがA博士の前に着地した。
「タイムトラベラー発見。即時拘束」
ロボットの無機質な声が響き、A博士は瞬く間に拘束されてしまった。
「ちょ、ちょっと待て!私はただの観光客だ!」
A博士の抗議も空しく、彼は巨大な建物の中へと連行されていった。
中に入ると、そこは未来の裁判所のようだった。判事席には、B判事と名札のついた人物が座っている。しかし、その姿は人間というよりも、人型をした光の集合体のようだった。
「被告A博士。あなたは重大な時間犯罪を犯した」
B判事の声が、まるで頭の中に直接響くかのように聞こえてきた。
「私が何をしたというんです?」
A博士は困惑しながら尋ねた。
「あなたの時間操作装置の発明が、私たちの世界に大混乱をもたらした。過去への干渉により、無数のパラレルワールドが生まれ、時空の秩序が乱れた。その結果、我々は常に存在と消滅の狭間にいる」
A博士は愕然とした。自分の発明が、こんな結果をもたらすとは。
「しかし、私にはまだ何も…」
「そうだ。あなたはまだ何もしていない。だが、これから必ずそうなる。我々は未来からやって来て、あなたを阻止しようとしているのだ」
B判事の言葉に、A博士は混乱した。過去でも未来でもない、奇妙な現在に立たされている感覚。
そのとき、法廷に騒ぎが起こった。ドアが勢いよく開き、Cと呼ばれる人物が飛び込んできたのだ。
「待ってください!A博士を罰するのは間違いです!」
Cは息を切らしながら叫んだ。その姿は、A博士よりもさらに若く、まるで学生のようだった。
「あなたは何者だ?」B判事が尋ねる。
「私は…A博士の弟子です。未来から来ました」
Cの言葉に、法廷中がざわめいた。
「A博士の発明は確かに混乱を招きました。しかし、それは同時に、私たち人類に無限の可能性をもたらしたのです。過去の過ちを正し、よりよい未来を作り出す力を」
Cは熱心に語り続けた。
「博士の発明のおかげで、我々は飢餓や病気、戦争のない世界を作り出すことができました。そして何より、人類は宇宙の真理に一歩近づいたのです」
B判事は沈黙し、しばし考え込んだ。
「しかし、それでも時空の混乱は事実だ。このままでは、全ての世界線が崩壊してしまう」
Cは頷いた。
「はい、その通りです。だからこそ、私たちには博士の知恵が必要なのです。過去を変えるのではなく、未来を作り出す力を」
法廷は静まり返った。全員がB判事の決断を待っている。
長い沈黙の後、B判事はようやく口を開いた。
「A博士、あなたには重大な使命がある。過去に戻り、時間操作装置を完成させなさい。しかし、その使用には細心の注意を払うこと。そして、未来の我々と常に連絡を取り合いながら、正しい未来へと導くのだ」
A博士は困惑しながらも、頷いた。
「分かりました。私に与えられた責任、しっかりと果たしてみせます」
そして突如、A博士の体が光に包まれ始めた。
「さようなら、博士。そして、よろしくお願いします」
Cの声を最後に聞きながら、A博士は元の時代へと帰還していった。
目を開けると、そこは研究室。時間操作装置は、まだ完成していない。
A博士は深い息を吐き出すと、装置に向かって歩み寄った。
「さて、未来を作る時間だ」
そう呟きながら、A博士は新たな決意と共に研究を再開した。未来と過去、そして現在が交錯する不思議な体験は、彼の中で鮮明な記憶となって残り続けている。
時は流れ、そして時に立ち止まる。人々は変わり、世界は変容を遂げる。しかし、変わらぬものもある。それは、未来を信じ、よりよい世界を作ろうとする意志。
A博士の物語は、まだ始まったばかり。彼の作り出す「時」が、人類にどんな「変化」をもたらすのか。それは誰にも分からない。
ただ、確かなことが一つある。我々は皆、時の中で生き、そして時と共に歩んでいくのだということを。




