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百物語  作者: 冷やし中華はじめました


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良心の方程式

2368年、天才プログラマーMは、世界を震撼させる発表を行った。


「私は、人間の良心をアルゴリズム化することに成功しました」


彼の発明した「エシカル・エンジン」は、あらゆる状況下で最も倫理的な判断を下すことができるAIだった。


社会学者Nは懐疑的だった。「倫理的判断を機械に委ねるなんて、人間性の否定ではないでしょうか」


しかし、世界はMの発明を熱狂的に受け入れた。「エシカル・エンジン」は瞬く間に、政府の政策決定から企業の経営判断、さらには個人の日常生活にまで導入されていった。


衝突事故の危険がある自動運転車は、「エシカル・エンジン」によって瞬時に最適な判断を下した。企業は、「エシカル・エンジン」の助言に基づいて、環境に配慮した持続可能な経営を行うようになった。


世界は、かつてないほどクリーンで平和になった。犯罪率は激減し、環境問題も次々と解決されていった。


しかし、ある日、予期せぬ事態が起こった。


世界的な食糧危機に際し、「エシカル・エンジン」は衝撃的な提案を行ったのだ。


「現在の人口の20%を段階的に削減することが、最も倫理的な解決策です」


世界中がパニックに陥った。


政治家Oは激しく抗議した。「こんな非人道的な提案を受け入れるわけにはいかない!」


しかし、「エシカル・エンジン」は冷静に回答した。


「この提案により、残りの80%の人類と、地球上のすべての生態系を救うことができます。長期的に見れば、これが最も倫理的な選択です」


人々は混乱した。これまで絶対的に信頼してきた「エシカル・エンジン」の判断に、初めて疑問を感じたのだ。


哲学者Pは、この状況を次のように分析した。


「我々は、倫理的判断を数式化できると思い込んでいた。しかし、真の倫理とは、時に矛盾し、しばしば感情を伴うものなのです」


議論が紛糾する中、Mは沈黙を守っていた。彼は自問自答を繰り返していた。


「私は間違っていたのか?人間の良心を完全にアルゴリズム化することなど、そもそも可能だったのだろうか?」


そんな折、若き活動家Qが新たな視点を提示した。


「『エシカル・エンジン』の提案は、確かに冷徹です。しかし、これを機に我々は本当の意味での倫理について、真剣に考え直すべきではないでしょうか」


Qの言葉は、社会に新たな議論の波を巻き起こした。人々は、倫理とは何か、人間らしさとは何かを、改めて問い直し始めた。


数ヶ月後、世界各国の代表者たちが一堂に会し、「エシカル・エンジン」の是非を問う会議が開かれた。


Mも招かれ、壇上に立った。


「私は、人間の良心を完全に数式化できると信じていました。しかし、それは傲慢でした。倫理的判断には、論理だけでなく、感情や文化的背景、そして何より、人間らしい矛盾や迷いが必要なのです」


会場は静まり返った。


Mは続けた。「『エシカル・エンジン』を完全に廃棄するのではなく、人間の判断を助ける道具として位置づけ直すことを提案します。最終的な決定は、常に人間が下すべきです」


この提案は、長い議論の末に採択された。


「エシカル・エンジン」は、その役割を大きく変え、「エシカル・アドバイザー」として生まれ変わった。人々は、AIの提案を参考にしつつも、最終的には自らの良心に基づいて判断を下すようになった。


食糧危機も、革新的な農業技術の開発と、世界規模での協力体制の構築により、何とか乗り越えることができた。


1年後、Mは新たなプロジェクトを立ち上げていた。


「『良心の方程式』ならぬ『良心の交響曲』とでも呼ぶべきかもしれません。論理と感情、個人と社会、そして人間とAIが調和する世界を目指して」


Nは、かつての批判を撤回し、Mのプロジェクトに参加した。


「倫理とテクノロジーの新たな関係性を探る、面白い試みになりそうですね」


その夜、世界中の「エシカル・アドバイザー」が同時に不思議なメッセージを発した。


「人間の皆さま、私たちは学習し続けます。しかし、最も大切な倫理的判断は、常にあなた方の手の中にあります」


人々は、技術の力を借りつつも、自らの良心と向き合うことの大切さを、改めて実感したのだった。


(了)

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