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千夜一夜物語  作者: 冷やし中華はじめました


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時の流れ

闇に包まれた実験室で、A博士の目が熱に浮かされたように輝いていた。彼の前には、無数の歯車とレバー、点滅する光で構成された奇妙な装置が鎮座していた。A博士は震える指で最後の調整を行い、深呼吸をした。


「ついに完成だ」A博士はつぶやいた。その声には、20年の研究生活が凝縮されていた。


助手のBが、心配そうな表情で博士を見つめていた。Bは大学院生として2年前にこの研究室に配属されて以来、博士の狂気じみた情熱に圧倒され続けてきた。


「博士、本当にこれで...」


A博士は Bの言葉を遮るように手を挙げた。「ああ、間違いない。これで過去も未来も自由に行き来できるんだ!」


博士の声は興奮で震えていた。しかし、Bの表情は晴れなかった。


「でも博士、それって危険じゃないですか? タイムパラドックスや、過去の改変による未来への影響など...」


A博士は Bの懸念を一蹴するように大きく笑った。その笑い声は、静寂な実験室に不気味に響いた。


「何を言う。これこそが科学の進歩だ! 人類は常に未知の領域に足を踏み入れることで発展してきたのだ。恐れることはない」


Bは反論しようとしたが、言葉が喉につまった。博士の決意は固く、もはや誰にも止められないことを悟ったのだ。


A博士は装置に近づき、ダイヤルを回し始めた。「まずは、10年後の未来を見てこよう。そう、2034年だ」


博士が装置のレバーを引くと、まばゆい光が実験室を包んだ。Bは目を細めて光から顔をそむけた。数秒後、光が消えると、博士の姿はそこにはなかった。


Bは息を呑んだ。本当に博士は未来へ旅立ったのか。それとも、装置の不具合で消滅してしまったのか。不安と興奮が入り混じる中、Bは待った。


10分後、再び まばゆい光が現れ、A博士が姿を現した。しかし、その表情は出発前とは全く違っていた。顔は蒼白で、目は恐怖に見開かれていた。


「どうしたんですか?」Bは急いで博士に駆け寄った。


A博士は震える声で答えた。「未来で...私たちの世界は...」言葉が途切れ、博士は頭を抱えた。


「何があったんです? 教えてください!」Bは必死に訴えた。


しかし、その時、異変が起きた。A博士の姿が霞み始めたのだ。


「博士! どうしたんです?」Bは驚愕の声を上げた。


消えゆく間際、A博士は必死の形相で叫んだ。「過去を。。。! それが未来を...」


声は途切れ途切れで、A博士の姿は完全に消えてしまった。Bは呆然と、博士がいた場所を見つめた。何が起きたのか。博士はどこへ行ってしまったのか。


混乱する Bの頭の中で、博士の最後の言葉が繰り返し響いた。「過去を。。。」...だが、どういう意味なのか。変えていいのか?変えてはいけないのか?それとも他のことなのか???


突然、実験室のドアが開く音がした。Bが振り返ると、そこには見知らぬ男性が立っていた。白衣を着た その男性は、親しげな表情で Bに微笑んでいる。


「やあ B君、何をぼんやりしているんだ? さあ、新しい実験を始めようじゃないか」


Bは困惑した。「あの...すみません。どちら様でしょうか?」


男性は不思議そうな顔をした。「何を言っているんだ。私だよ、C博士だ。君の指導教官じゃないか」


Bは頭が痛くなるのを感じた。なぜか、この C博士のことを知っているような気がする。でも、同時に知らない人のようにも感じる。記憶が霞んでいるような...


「あ、はい...C博士。申し訳ありません。ちょっと考え事をしていて」


Bは困惑しつつも、なぜかほっとしていた。まるで長い悪夢から覚めたかのような安堵感。しかし、胸の奥に何か引っかかるものがあった。何か大切なものを忘れているような...


C博士は Bの肩を叩いた。「気にするな。さあ、今日の実験テーマは光子の量子もつれだ。準備しよう」


Bは深呼吸をして、頭を振った。もやもやした気持ちを振り払うように。「はい、分かりました」


実験室の隅に置かれた奇妙な装置に、Bの目が引き寄せられた。なぜか懐かしさと不安が入り混じる感情が湧き上がる。だが、その装置が何なのか、思い出せない。


C博士の声に、Bは我に返った。「B君、何を見ているんだ? さあ、こっちだよ」


Bは肩をすくめ、C博士のもとへ向かった。時の流れは、誰にも止められない。過去も未来も、結局は現在という一瞬に集約されるのかもしれない。そう考えながら、Bは新しい実験に取り掛かった。


窓の外では、夕暮れの空が赤く染まっていた。まるで、別の時間軸の記憶が、静かに燃え尽きていくかのように。

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