味覚遺産
全ての食品が合成ペーストになり、カプセル一つで栄養が摂れる時代。 「本物の料理」の味はデータ化され、著作権管理された高級品となっていた。 庶民は味気ないペーストを食べ、富裕層だけが脳に直接「ステーキの味データ」をダウンロードして食事を楽しむ。
ある男が、闇市で「未登録の味データ」を手に入れた。 売人は言った。 「これは、政府のデータベースにも載っていない、絶滅した『幻の味』だ。強烈だぞ」 男は大金を払い、震える手でデータを脳にインストールした。
瞬間、口の中に衝撃が走った。 強烈な苦味、青臭さ、そして舌が痺れるようなエグみ。 男はのたうち回り、涙を流した。 「な、なんだこれは! 毒か!?」
男は美食家に鑑定を依頼した。美食家はデータを解析し、感嘆の声を上げた。 「素晴らしい! これは『ピーマン』ですね。しかも、品種改良される前の、原種に近い野生の苦味だ!」 「ピーマン? そんなものが美味いのか?」 「味そのものではありません。この『不快感』こそが、管理された現代社会では決して味わえない、野生の刺激なのです」
そのデータはオークションにかけられ、億単位の値がついた。 富裕層たちは、顔をしかめ、涙目で「オウェッ」とえづきながら、その不味いデータを貪るように味わった。 「ああ、なんと贅沢な苦しみだろう。これぞ生の喜びだ」




