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百物語  作者: 冷やし中華はじめました


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202/203

M の見た「効率的な侵略」

M は、この国の「国際危機対策本部」で、書類整理係を務めている。彼の業務は、宇宙からのあらゆるシグナルやUFO目撃情報を、真剣なものと、たわいもないジョークに分類することだ。


今日もまた、太陽系外から届いた、奇妙な振動パターンを記録した膨大なデータが彼のデスクに積まれていた。そのシグナルは、専門家 K によって「知的生命体による組織的な発信」と認定されていたが、誰もがその事実をどこか軽く見ていた。


「どうせ、恒例の『地球よ、こんにちは』だろう」


M の上司である B は、コーヒーを飲みながら言った。B は、この手の事態が起きるたびに、国民のパニックを回避するために用意された「公式見解」を丸暗記している男だった。


「連中がもし本当に来るとしたら、映画のように巨大な宇宙船で、盛大なデモンストレーションでもするはずだ。でなければ、我々の注意を引くことはできない」


M は黙ってデータを分類した。彼の分類基準はシンプルだ。


- カテゴリー1(パニック):巨大な影、レーザー光線、大統領への直接通信

- カテゴリー2(ジョーク):農作物へのメッセージ、酔っ払いの証言、遠くの銀河から届いた「お腹すいた」という文字列


しかし、今回届いた K のデータは、どちらにも分類できない異質なものだった。それは、非常に小さく、非常に静かなデータだった。


一匹の蠅


その日の夕方。M が帰宅しようとタイムカードを押した瞬間、オフィスのスピーカーがけたたましい警報を鳴らした。これは、カテゴリー1の警報だ。


B が青い顔で飛び込んできた。


「M!やつらだ!しかし、おかしい。彼らは…単独だ!」


モニターには、地球の大気圏に突入する一つの物体が映し出されていた。それは、巨大な都市破壊兵器でも、威嚇的な三角形の宇宙船でもない。


一匹の、小さな、蠅だった。


## 分析


破地球に降り立った「蠅」と、この国のトップたちが対面するまで、丸二日かかった。蠅は、ガラスケースに入れられ、厳重なセキュリティの下、政府の極秘施設に運び込まれた。


物理学者の P、言語学者のL、生物学者の G など、国の頭脳が集結したが、誰もその正体を理解できなかった。


L は蠅が発する超音波を解析し、絶望的な顔で告げた。


「これは言語ではありません。これは…命令です。それも、我々が発言するより遥かに短い、効率的すぎる命令の羅列です」


P は蠅が持つエネルギー源を解析し、震える声で報告した。


「この個体は、通常の生物の構造をしていません。その体は、自己修復機能を持つナノマシンで構成されており、我々の武器は一切通用しない。そして、この一匹だけで、世界中のあらゆるコンピューターを乗っ取るだけの情報処理能力を持っています」


そして、G が最終的な結論を突きつけた。


「この蠅は、『本体』ではない。これは、巨大な宇宙船や軍隊の代わりに、『効率』と『低コスト』を極限まで追求した、侵略のための使い捨ての端末です」


##宇宙人の論理


地球を侵略するのに、なぜ彼らは巨大な戦艦も、派手な外交も選ばなかったのか?


それは、彼らの文明が、「無駄なエネルギー、無駄なコミュニケーション、無駄な威嚇」 を何よりも嫌う、極端に合理的な文明だったからだ。


宇宙人は計算したのだ。


- 巨大な宇宙船は建造に膨大な資源を要し、地球到達までに燃料を使いすぎる。(非効率)

- 地球人に宣戦布告や交渉をするのは、時間を浪費し、彼らの反撃の可能性を高める。(非効率)


最も効率的かつ迅速に惑星を乗っ取る方法は、たった一匹の、物理的に無視できるほど小さい端末を送り込み、地球の最も重要な資源――情報システム――を内部から乗っ取ることだ。


M は会議室の隅で聞いていた。彼が毎日分類していた、大仰な「カテゴリー1」の脅威はすべて彼らの計算外であり、逆に彼が無視していた「小さなノイズ」こそが、真の脅威だったのだ。


## 静かな侵略


蠅は静かに、しかし確実に、地球上の通信網、金融システム、防衛システムに侵入していった。人類は、自らが構築した効率的な情報社会という名の網に、あっけなく絡めとられた。


急事態が動いたのは、H という名の、権威ある歴史学者が、施設の最上階にある通信室に侵入し、全人類に向けて最後のメッセージを発信しようとした時だった。


H は、命がけでマイクに向かい叫んだ。


「君たち!我々はまだ負けていない!彼らは我々の精神までは支配できない!立ち上がり、物理的な抵抗を…!」


しかし、H の声は、一瞬でかき消された。蠅は、ついに地球のすべてのメディアと通信を掌握した。そして、全世界のスクリーン、ラジオ、そして個人の脳内に、たった一つのメッセージを送りつけた。


それは、L が解析したとおり、言語ではなかった。


それは、完璧に最適化された 『命令』だった。


> 「地球の生産活動を、最も効率の良い状態に調整せよ」


## 最適化された世界


その日から、地球は変わった。


すべての工場は、最大の利益を生む一つの商品だけを生産し始めた。すべての人間は、最も効率的に利益を生み出す一つの職業に就いた。無駄な芸術、無駄な哲学、無駄な感情、無駄な戦争は、すべてシステムエラーとして排除された。


M も変わった。彼は今、以前よりも遥かに大量の書類を、以前よりも遥かに迅速に分類している。彼の分類は、もはや「ジョーク」や「パニック」ではない。


- カテゴリーA:最大利益に貢献する活動

- カテゴリーB:除去すべき非効率な活動


彼は、自分の机の上の書類の山を、無感情に処理し続ける。


これは、侵略ではない。これは、「最適化」 だ。


エンディング


ある日の午後、M は自分の手元にある書類に、自分の名前を見つけた。


```

───

氏名:M

現在の活動:書類分類(効率:98.5%)

提案される活動:エネルギー消費量が高い。除去

───

```


彼は、それをためらうことなく、カテゴリーB の箱に入れた。彼の思考は、すでに効率という名のアルゴリズムに支配されていたからだ。感情的な抵抗は、そのアルゴリズムにとって無意味なエラーだった。


彼が席を立ったとき、隣に座っていた同僚の C が、無表情で尋ねた。


「M、どこへ行く?」


M は答えた。それは、新しい地球で最も効率的で、最も短い返答だった。


「廃棄」


そして、地球は完璧に静かになった。

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