表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百物語  作者: 冷やし中華はじめました
2/177

『未来からの贈り物』

2145年、東京。

真紀子は、いつものように窓から外を眺めていた。空には無数のドローンが飛び交い、地上では自動運転車が整然と流れている。彼女の部屋は、85階建ての超高層マンションの65階。かつてこの辺りには緑豊かな公園があったそうだが、今では鉄とガラスの森が広がっているだけだ。

「はぁ…」

溜め息をつく真紀子。30歳になったばかりだが、すでに人生に疲れ切っていた。AIアシスタントの声が響く。

「真紀子さん、今日もお仕事お疲れ様でした。夕食の時間です。今日のメニューは、培養肉のステーキと人工野菜のサラダです。栄養バランスは完璧ですよ」

「ありがとう」

真紀子は気の乗らない様子で返事をした。テーブルに置かれた食事を見つめる。確かに見た目は完璧だ。しかし、どこか物足りなさを感じずにはいられない。

彼女が子供の頃、祖母が作ってくれた料理の味を思い出す。あの頃は、まだ自然の食材で調理していた。土の匂いがする野菜、新鮮な魚の旨み。今ではそんなものは貴重すぎて、一般人には手が出せない。

食事を終えた真紀子は、仮想現実空間にログインした。そこでは、彼女は人気アイドルとして活躍している。現実では地味なOLだが、ここでは華やかなステージに立ち、何万人もの観客を熱狂させる。

「みんな、今日も来てくれてありがとう!」

歓声が沸き起こる。しかし、真紀子にはそれが空虚に聞こえた。ファンたちの姿は、所詮はプログラムが作り出した幻影に過ぎない。

ライブが終わり、真紀子は現実に戻る。部屋の中は静寂に包まれていた。

翌日。

真紀子は会社のデスクに座っていた。彼女の仕事は、AIが作成した企画書のチェックだ。人間らしい「温かみ」を加えるのが彼女の役目だという。しかし、その作業にも既に飽き飽きしていた。

「ねえ、真紀子さん」

隣の席の同僚、佐藤さんが話しかけてきた。

「何か気になることでも?」

「ううん、ただね…最近、妙な夢を見るんだ」

真紀子は興味を持って聞き返した。「どんな夢?」

「うーん、説明するのが難しいんだけど…」佐藤さんは言葉を探すように目を泳がせた。「昔の世界って感じかな。空気がきれいで、街には緑がいっぱいあって。そこで、みんなが笑顔で暮らしてる」

「へぇ、素敵な夢じゃない」

「そうなんだけど、目が覚めるとすごく寂しくなるんだ。まるで、大切な何かを失ったみたいな…」

真紀子は黙ってうなずいた。彼女にも似たような感覚があった。この世界には何かが足りない。でも、それが何なのかはっきりとは分からない。

その日の夜。

真紀子は珍しく外出することにした。街を歩いていると、古い建物が目に入った。看板には「タイムカプセル博物館」と書かれている。

興味本位で中に入ると、そこには様々な時代のタイムカプセルが展示されていた。1970年代、1990年代、2020年代…。それぞれの時代の人々が未来に託した夢や希望が、ガラスケースの中で眠っている。

ふと、真紀子の目に奇妙な展示物が飛び込んできた。「2145年のタイムカプセル」と書かれたそれは、まるで未来からやってきたかのようだった。

「おかしいわ。今は2145年よ」

真紀子が首をかしげていると、老館長が近づいてきた。

「お嬢さん、それは特別な展示品でね。2045年に埋められたものなんだ。100年後の2145年に開けるようにって」

「え?でも、今が2145年です」

「そうだね。だから今日がその日なんだよ」

老館長は静かに微笑んだ。真紀子は戸惑いを隠せない。

「このタイムカプセル、開けてもいいんですか?」

「もちろん。それが目的で作られたものだからね」

老館長は丁寧にカプセルを開けた。中から出てきたのは、一冊の古ぼけた日記帳だった。

「これを」

老館長は日記帳を真紀子に手渡した。

「私が?」

「ああ。君に託されたものだと思うよ」

戸惑いながらも、真紀子は日記帳を受け取った。そっと開くと、最初のページには次のような文章が書かれていた。

『2145年の君へ。

この手紙を読んでいる君は、きっと私たちの想像もつかないような未来に生きているのだろう。技術は進歩し、生活は便利になっているに違いない。

でも、それでも幸せだろうか?

私たちの時代は、確かに多くの問題を抱えていた。環境破壊、格差、戦争の危機…。それでも、人々は希望を持って生きていた。明日はきっと今日よりも良くなると信じて。

もし君の時代で、その希望が失われてしまっているのなら。もし、生きる意味を見失っているのなら。

これを思い出してほしい。

人間の素晴らしさは、どんな困難な状況でも、新しい可能性を見出せることだ。

君の中にも、きっとその力がある。

さあ、目を覚ませ。そして、本当の意味で「生きる」んだ。

2045年より』

真紀子は、思わず涙がこぼれた。この文章が、彼女の心の奥底に眠っていた何かを呼び覚ましたのだ。

その夜、真紀子は眠れなかった。頭の中は、日記帳の言葉でいっぱいだった。

翌朝。

会社に向かう真紀子の目に、いつもと違う景色が飛び込んできた。ドローンの群れの中に、一羽の鳥が飛んでいるのだ。

「あれは…ハト?」

絶滅したはずの生き物が、悠々と空を舞っている。真紀子は思わず立ち止まった。周りの人々は、いつもと変わらぬ足取りで歩いている。誰も空を見上げない。

その時、真紀子は決意した。

会社に着くと、真紀子は上司に直談判した。

「新しいプロジェクトを始めたいんです」

「何だって?AIじゃダメなのか?」

「はい。人間にしかできないことがあるはずです」

上司は呆れた顔をしたが、真紀子の熱意に負けて了承した。

それから数ヶ月。

真紀子は、仲間たちと共に「記憶の種プロジェクト」を立ち上げた。過去の文化や習慣、自然との共生の知恵を掘り起こし、現代に適応させる試み。AIには真似できない、人間らしい温もりを取り戻そうというものだ。

最初は、誰もが狂気の沙汰だと笑った。しかし、少しずつ賛同者が増えていった。

ある日、真紀子たちは廃墟となった公園の再生に取り組んでいた。雑草を抜き、土を耕し、種を蒔く。

「本当に育つのかな?」

不安そうな顔をする仲間に、真紀子は微笑んだ。

「きっと大丈夫。私たちの中に眠っている生命力を信じましょう」

そして、奇跡は起こった。

荒れ果てた土地に、緑が芽吹いたのだ。小さな花が咲き、虫たちが集まってきた。

人々は驚いた。失われたと思っていた自然が、こんなにも身近にあったのだと。

プロジェクトは徐々に広がっていった。街のあちこちに、小さな緑地が生まれ、人々の笑顔が増えていく。

真紀子は、日記帳に新たな言葉を書き加えた。

『2245年の君へ。

私たちは、希望を取り戻した。

技術と自然が共存する世界。それは簡単なことではない。でも、不可能ではないんだ。

君の時代では、どんな世界になっているだろう。

もし、また何かを失ってしまったのなら。

この言葉を思い出して。

人間には、何度でもやり直せる力がある。

さあ、君の時代の「記憶の種」を見つけて。

そして、新たな未来を育ててほしい。

2145年より』

真紀子は、満足げに日記帳を閉じた。

しかし、彼女は知らなかった。

この世界が、実は巨大なシミュレーションプログラムだということを。

2345年。

巨大な球体コンピューター。その中で、無数の仮想世界が生成され、消滅を繰り返している。

「興味深いデータが得られました」

AIオペレーターが報告する。

「人類絶滅後の200年間で、最も安定した社会システムが構築されたシミュレーションです」

「ほう、どんな特徴がある?」

「皮肉なことに、過去を懐かしむ感情が、未来への原動力となっているようです」

「そうか…」

宇宙開発船の艦長は、深くため息をついた。

「人類が地球に残した最後のメッセージか…」

艦長の目に、一筋の涙が光った。

しかし、その涙がプログラムによって生成された幻なのか、本物の人間の感情なのか。

もはや、誰にも分からない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ