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百物語  作者: 冷やし中華はじめました
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「時の環」

2045年、人類は存亡の危機に瀕していた。

気候変動、新型ウイルス、AIによる雇用の喪失。希望が失われた世界で、量子物理学者の篠原美咲は、ついに時間旅行を可能にする「時間粒子」の制御に成功した。彼女は人類を救うため、誰にも告げず、たった一人で過去へ旅立つ決意をする。目標は2000年。世界の破滅を回避するための政策を提言するためだ。


深夜、篠原は完成したばかりのタイムマシンに乗り込んだ。まばゆい光に包まれ、激しい振動と共に意識が遠のいていく。


目を覚ますと、そこは確かに2000年の日本だった。人々の表情にはまだ希望が満ちている。篠原は影響力のある人物に接触すべく歩き始めたが、その途中で立ち止まった。


街頭テレビが、衝撃的な映像を映し出していた。画面には、篠原自身の姿があった。だが、明らかに年老いている。白髪、深いしわ、そしてその表情には絶望が浮かんでいた。


「過去の私に警告します」老いた篠原の声が街頭に響く。「あなたが来たことは知っています。なぜなら、私があなただからです」


若い篠原は息を呑んだ。


「人類を救おうとしないで。あなたの善意が、逆説的に人類を破滅させるのです。あなたの提言は一度は世界を救う。しかし…」


老いた篠原の言葉と同時に、画面に無数の映像がフラッシュバックする。


―過剰な規制に反発し、暴徒と化した市民。

―新技術の開発が停滞し、未知のウイルスに倒れていく人々。

―緑豊かだが、誰の笑い声も聞こえない静まり返った都市。

―そして、最後に映し出されたのは、廃墟と化した2045年の研究所と、たった一人で絶望に暮れる老いた自分の姿。


「これが、あなたの行動が招く未来。お願いです。歴史に干渉せず、2045年に戻ってタイムマシンを破壊してください。人類の運命を変えようとすること自体が、最大の過ちだったのです」


映像が終わると、若い篠原はその場に立ち尽くした。頭の中が真っ白になった。自分の行動が人類を破滅に導くなんて。しかし、ここで諦めてしまっては、元いた2045年の危機的状況は変わらない。


どうすればいいのか。


篠原は必死に考え、一つの答えにたどり着いた。彼女はタイムマシンに戻ると、目標時間を再設定した。2045年に帰る前に、別の時代に立ち寄るために。


目的地は、2023年。まだ、すべてが手遅れではない時代。


篠原は世界中の科学者や政治家に接触し、未来の危機を警告すると共に、それを回避するためのバランスの取れたアプローチを提案した。極端な規制ではなく、段階的な対策。自由と安全、経済と環境の両立。そして何より、柔軟性を持って未来に適応していくことの大切さを説いた。


最後に自身の研究データを(タイムマシンの設計図を除いて)公開し、篠原は2045年に帰還した。彼女が降り立った世界は、知っていた未来とは全く違っていた。街には活気があり、人々は希望に満ちていた。危機は回避されたのだ。


研究所に戻ると、同僚が不思議そうに尋ねた。

「篠原さん、なぜ2023年に?2000年に行くはずだったのに」


篠原は息を呑んだ。そして悟った。自分に警告した「老いた自分」もまた、別の未来からやって来て、歴史を変えようとしていたのだ。時間とは、過去と未来が互いに影響し合う、メビウスの輪のようなものなのかもしれない。


「私たちにはまだやるべきことがたくさんあります」


彼女はそう言って、新たな研究に取り掛かる準備を始めた。人類の未来は、まだ始まったばかりなのだから。

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