電子契約の罠
高度に電子化された社会で、男は退屈していた。
古書店の裏サイトで見つけたのは、「悪魔召喚アプリ」。
半信半疑でダウンロードし、起動する。
スマホの画面が暗転し、黒い煙が立ち上った。
悪魔が現れ、低い声で言う。
「魂と引き換えに、願いを叶えてやろう」
男が息をのむより早く、別の音声が割り込んだ。
《契約管理AI、起動しました》
男のスマホに標準搭載されたAIだった。
悪魔が差し出した羊皮紙――いや、羊皮紙データをスキャンする。
《第八条、魂の所有権移転について
消費者契約法に基づき無効》
《クーリングオフ期間の記載がありません》
《地獄管轄法は本端末の対応地域外です》
修正要求が、秒単位で表示されていく。
「いや、これは地獄の伝統でだな……」
悪魔は汗をかいた。
《同意取得プロセスが不透明です》
《個人情報(魂)の第三者提供に関する説明が不足しています》
悪魔は後ずさった。
「最近の人間界は、どうしてこう……」
《利用規約に重大な不備があります》
《本アプリは安全性を確認できません》
次の瞬間、悪魔の姿がノイズに変わった。
《アンインストールを実行します》
画面は元に戻った。
男はしばらく、スマホを見つめていた。
通知が一件届く。
《不要なリスクを排除しました。
ご協力ありがとうございました》
男は小さくため息をついた。
その夜、男は夢を見なかった。
願いも、恐怖も、
すべて規約の外だった。
翌日、アプリストアに新着レビューが並ぶ。
《星一つ。
魂が取引できません》
悪魔は、
この社会で最も危険な存在ではなかった。




