究極の金庫
伝説の泥棒は、地下室の前に立っていた。
分厚い鋼鉄の壁、その中央に埋め込まれた金庫。
「絶対に開かない」と評判の一品である。
泥棒は微笑んだ。
評判ほど、信用できないものはない。
三日三晩、彼は金庫と向き合った。
レーザー、聴診器、指先の感覚。
時代遅れの罠と最新の防犯装置が、見事に混在している。
「なるほど……趣味が悪い」
最後の一手を入れた瞬間、低い音を立てて扉が開いた。
中は、がらんとしていた。
財宝も宝石もない。
ただ、紙切れが一枚。
泥棒はそれを拾い上げ、読んだ。
『おめでとう。
この金庫を開けられた君の腕を見込んで、
設計図の修正と防犯システムの強化を依頼したい。
報酬は弾む』
しばらく、泥棒は動けなかった。
次の瞬間、背後で扉が閉まった。
カチリ、と乾いた音。
続いて、スピーカーから声が響いた。
「さあ、仕事の始まりだ。
まずは、その中から脱出してみてくれたまえ」
泥棒はため息をついた。
どうやら、今回は盗む側ではなく、雇われる側らしい。
彼は壁を叩き、耳を当て、静かに笑った。
こんなにやりがいのある仕事は、久しぶりだった。
金庫の中で、時計の針だけが進んでいく。
富豪は上機嫌で、次の設計変更案を考えていた。
――究極の金庫とは、
最も優秀な人材を、外に出さない金庫のことだった。




