表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百物語  作者: 冷やし中華はじめました


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

147/173

令和の米騒動


 Aは、会社帰りに立ち寄ったスーパーで、妙な光景を目にした。

 棚に米がない。いつもは無造作に積まれている10キロ袋が影も形もない。わずかに残るのは「高級コシヒカリ2キロ」のみ。値札には普段の三倍の数字が躍っていた。


 「やれやれ」

 とAはつぶやいた。

 その隣で、背の曲がった老人Bが、新聞を片手に肩をすくめていた。


 「やれやれどころじゃないよ。米は株より高い宝になった。あんたも早く確保しておきな」


 新聞の見出しには「米買い占め続出」「政府は備蓄十分と強調」の文字が踊っていた。

 Aはスマホを取り出し、ニュースを確認した。SNSの画面は「米が消えた!」の叫びで埋め尽くされている。

 ――ただの一時的な不足だろう。

 Aはそう思った。だが、周囲のざわめきは妙に落ち着きがなく、不安だけが空気のように広がっていた。



---



 数日後、事態はさらに悪化した。

 スーパーの前には長蛇の列ができ、2キロの米袋を巡って口論や小競り合いが絶えなかった。

 若い母親Cは、ベビーカーを押しながら涙声で言った。


 「子どもの離乳食がいるんです。なのに転売屋が全部さらっていってしまう」


 政府は「在庫は十分」と繰り返したが、棚は空のまま。米は「あるが、届かない」状態になっていた。

 Aは、思わずBに尋ねた。


 「どうしてこんなことになったんです?」

 「世界の農地が気候で荒れて、輸出国が米を絞ったんだ。そこへ投機筋が群がり、国内の農家は高齢化で減った。結果、倉庫には米が眠っているのに、庶民の口には入らない」


 「そんな馬鹿な」

 「馬鹿じゃない。むしろ人間らしいじゃないか。欲望と恐怖で動くのが、人間ってものだ」


 列に並ぶ人々の顔は、皆こわばっていた。

 助け合いを口にする者ほど、両腕に米袋を抱えていた。



---



 やがて米の取引は地下に潜った。

 ネットでは10キロ袋が車並みの値段で売られ、路地裏では「白い粉」のごとく小袋で取引された。


 ある夜、AはSNSで皮肉な書き込みを目にした。


 「民主主義は選挙で揺らぐ。だが腹は米で揺らぐ」


 Aは笑うこともできず、画面を閉じた。


 ほどなくして政府は緊急放送を流した。

 「全国民一律・米配給制を実施します。各人の口座に、毎月の“米ポイント”を付与します」


 だがAは首をかしげた。自分のスマホに届いた通知はこうだった。


 【あなたの米残高:0.75ポイント】

 【譲渡・売買は不可。ただし将来的にデジタル通貨との交換を予定】


 Aはようやく気づいた。

 ――米は、ただの主食から、新しい通貨に変わったのだ。


 Bはにやりと笑った。

 「言ったろう。株よりも米が高いってね。これで政府も、飢えも、両方コントロールできる」


 Cはスマホを見つめ、唇をかんだ。

 ベビーカーの子どもは、眠りながら小さな口を開けていた。


 かつて白い粒だった米は、令和の世で、人間の欲望と管理を測る灰色の数字になった。


 翌週、スーパーの棚は再び満たされていた。

 ただし、袋には大きく印字されていた。


 「政府認証・配給専用米」


 誰もがそれを受け取り、黙って列を進んだ。

 笑う者も、怒る者もいない。ただ静かに、数字を信じて米を受け取るだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ