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千夜一夜物語  作者: 冷やし中華はじめました


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箱の等級


 通りに「箱市場」ができた。

 Aは家々から集めた鍵の束を木箱に詰め、「住みたい人に鍵を貸す券」として売る。鍵はたくさん集まるほど値打ちが上がる。雨が多い年は庭の実りが良く、皆が働き、券はきちんと返される。

 Bは選別屋だ。Aの箱を持ち込ませ、板を縦横に仕切って「甘い層」「普通の層」「すっぱい層」と貼り札をする。

 「甘い層は、まず減らない。安心してお買いなさい」

 Cは保証札を売る。「もし箱が腐ったら、私が埋め合わせますよ」。札は薄く、よく売れた。持っている箱に限らず、隣の店の箱にまで貼れるのが人気の秘密だった。


 通りは景気づいた。鍵はさらに集まり、Bの仕切りは細かくなり、Cの札は重ね貼りされる。札の束は、箱よりも軽い。

 Aは胸を張る。「人が住めば、通りが生きる」

 Bは微笑む。「危ない部分は下の層に寄せた。上は蜜の味だ」

 Cは指を鳴らす。「転ばぬ先の札、いまだけ特価」


---



 長雨が止んだ。

 畑は乾き、実は思ったほど育たず、鍵を返す人がゆっくり減り始める。

 Aは箱の底で、乾いた音を聞く。「返済遅れの種がコトリと鳴った」

 Bは眉をひそめるが、すぐ笑顔に戻す。「下の層が少し痛むだけ。仕切りを増やせば甘い部分は守れる」

 Cは札を増刷する。「心配が増えるほど札は売れる。世の中は、うまくできてる」


 市場は新しい工夫を覚えた。

 Bは箱のかけらを集めて別の箱にし、さらに仕切った。

 「“箱の箱”だ。甘い層のさらに甘い部分──特選蜜層」

 札を見た人々は安心した。貼られた印はどれも金色で、遠目には本物の蜜のように光った。

 Aは胸のざわめきを、書類の山に押し込んだ。Cは札の束をさらに薄くする方法を考え、一つの箱に何枚も賭けを重ねるやり方を広めた。


 だが、乾きは静かに広がった。底の層が腐り、仕切りの板が吸い上げる。

 Bは言う。「板は板、蜜は蜜。伝わらないように仕切ってある」

 Aは木目を指でなぞる。「板は、木だ。木は、染みる」

 Cは札を二重に貼り、笑顔を少しだけ固くした。


---


### 急


 ある朝、一つの大箱がぱきりと割れた。

 Bの倉で、特選蜜層の札がはがれ落ち、甘さの印が床に散らばる。

 Cの保証札は一斉に光った。通りじゅうの人が札を振りかざし、同時に埋め合わせを求める。

 Cは札束を抱えたまま、立ち尽くした。薄い札は風に舞いやすいが、重さだけは一夜にして増えた。

 「払えない札の数、というのが、あるのだね」Cは初めて噛んだ言葉で言う。


 Bの倉からは、仕切りの板が次々と外れ、箱の箱が崩れていく。

 Aは鍵を抱えて走ったが、買い手は印のはがれた箱を見て、足を止めた。

 通りの灯りが一つずつ消え、売るにも借りるにも、言葉が届かない時間が来た。

 Cは札束の下で小さくなる。Bは割れた印を拾い集める。Aは鍵を磨くが、鍵穴の向こうの灯りは戻らない。


 やがて、通りの端に古い看板が見つかった。

 「蜜は、蜜の樹が作る。板は、板の木が吸う。札は、紙である」

 Aは鍵の束を見た。誰かの暮らしの重みが、まだ金具に残っている。

 Bは板切れを立てかけ、仕切りの太さを太くし、板の木目を表に出すことにした。

 Cは新しい札を作り、貼れる回数と向きを厳しくした。「隣の箱に賭ける札」は、見える棚に移した。


 通りは遅く、静かに息を吹き返す。

 甘い層は、甘い時もあればそうでない時もある。

 仕切りは、守るが、染みない壁ではない。

 札は、安心の道具だが、安心そのものではない。


 Aは鍵の束を小さめの箱に詰め、持てる重さだけを運ぶことにした。

 Bは印を少なめにし、板の節を説明する表を作った。

 Cは札の厚みを増やし、貼るたびに重くなるようにした。

 通りの灯が戻る頃、空にまた雨雲がかかった。

 今度は、人々は空を見上げ、箱を触り、札の重さを感じるようになっていた。




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