天幕・炉・歯車
序
海風の強い広場に、三人が屋台を出した。
Aは巨大な天幕屋だ。布を張れば影ができ、人は集まる。「入口はここ」と札を立て、帳場を置く。
Bは鉄の移動炉を持ってきた。薪をくべ、スープを配り、凍える客を囲わせる。「寒さは敵だ、近くに寄れ」。
Cは小さな時計と道具の店。壊れた計りや水車を直し、風向きを読む羽根車を立てる。「時間と順番を合わせれば、みんな楽だ」。
最初はうまくいった。Aの影で人が休み、Bの火で温まり、Cの歯車で列が進む。
やがてAが言う。「天幕を広場いっぱいにしよう。皆を濡らさない。出入りも私が数える」
Bは笑う。「じゃあ炉は天幕の真ん中に。火が中心でなければ、皆の足は冷える」
Cは風見を見上げ、「通り道は残して」と小声で言った。
破
Aの布は広がり続け、端は路地の角まで届いた。影を通るには、Aの帳場を通るのが早い。
Bの炉は真ん中に据えられ、煙は天幕の下にこもった。人は火に寄るので、Cの細工台には煤が積もる。
Aは値札を下げ、「影の会費」を取り始めた。代わりに布を修繕し、雨だれの位置まで決める。
Bは「炊き出し契約」を結び、薪の割当表を作る。火から離れた屋台は、客足が鈍る。
Cは黙って排煙の溝を彫り、風抜きの縫い目を提案するが、二人の印がないと針は通らない決まりになっていた。
ある晩、風がふいに変わった。雨は横から、時に下から吹き上げた。
Aの天幕は膨らんで唸り、Bの火は息苦しげに揺れた。Cの風見は忙しく回り、羽根の一本が折れた。
急
Cが綱を引いた。天幕の一角をわざと折り、通路を作る。風が抜け、煙が逃げる。
Bは炉を三歩ずらし、吸気と排気を分けた。火は落ち着くが、周りの席は減る。
Aは渋い顔で縫い目を解き、布の端に別の印を受け入れた。「ここからここまでは“共用”だ。だが入口の札は私のものだ」
Cは頷き、「入口の札はあなたの印でいい。でも、通路の線は広場のものにしよう」と白い粉で線を引いた。
嵐が過ぎると、人の流れは少し変わった。影に入る前に空を見上げ、火に近づく前に風を確かめ、修理の番に自分で印を押す客が増えた。
Aはぼやく。「一度で数えられない」
Bは舌打ちする。「火の周りが狭い」
Cは肩をすくめた。「数えにくさと狭さは、倒れないための余白です」
翌朝、三人は新しい札を作った。
Aの札には大きく影の印、Bの札には炎の印、Cの札には小さな歯車。
札は一緒に打つ場所と、別々に打つ場所が地面に描かれた。
歩きにくさは少し増えたが、倒れた屋台はなかった。
広場の端で、Cの風見が静かに回り続ける。
――印は増えたが、柄を握る手は、各自のままだった。




