表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百物語  作者: 冷やし中華はじめました


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

138/167

天幕・炉・歯車


 海風の強い広場に、三人が屋台を出した。

 Aは巨大な天幕屋だ。布を張れば影ができ、人は集まる。「入口はここ」と札を立て、帳場を置く。

 Bは鉄の移動炉を持ってきた。薪をくべ、スープを配り、凍える客を囲わせる。「寒さは敵だ、近くに寄れ」。

 Cは小さな時計と道具の店。壊れた計りや水車を直し、風向きを読む羽根車を立てる。「時間と順番を合わせれば、みんな楽だ」。


 最初はうまくいった。Aの影で人が休み、Bの火で温まり、Cの歯車で列が進む。

 やがてAが言う。「天幕を広場いっぱいにしよう。皆を濡らさない。出入りも私が数える」

 Bは笑う。「じゃあ炉は天幕の真ん中に。火が中心でなければ、皆の足は冷える」

 Cは風見を見上げ、「通り道は残して」と小声で言った。



 Aの布は広がり続け、端は路地の角まで届いた。影を通るには、Aの帳場を通るのが早い。

 Bの炉は真ん中に据えられ、煙は天幕の下にこもった。人は火に寄るので、Cの細工台には煤が積もる。

 Aは値札を下げ、「影の会費」を取り始めた。代わりに布を修繕し、雨だれの位置まで決める。

 Bは「炊き出し契約」を結び、薪の割当表を作る。火から離れた屋台は、客足が鈍る。

 Cは黙って排煙の溝を彫り、風抜きの縫い目を提案するが、二人の印がないと針は通らない決まりになっていた。


 ある晩、風がふいに変わった。雨は横から、時に下から吹き上げた。

 Aの天幕は膨らんで唸り、Bの火は息苦しげに揺れた。Cの風見は忙しく回り、羽根の一本が折れた。



 Cが綱を引いた。天幕の一角をわざと折り、通路を作る。風が抜け、煙が逃げる。

 Bは炉を三歩ずらし、吸気と排気を分けた。火は落ち着くが、周りの席は減る。

 Aは渋い顔で縫い目を解き、布の端に別の印を受け入れた。「ここからここまでは“共用”だ。だが入口の札は私のものだ」

 Cは頷き、「入口の札はあなたの印でいい。でも、通路の線は広場のものにしよう」と白い粉で線を引いた。


 嵐が過ぎると、人の流れは少し変わった。影に入る前に空を見上げ、火に近づく前に風を確かめ、修理の番に自分で印を押す客が増えた。

 Aはぼやく。「一度で数えられない」

 Bは舌打ちする。「火の周りが狭い」

 Cは肩をすくめた。「数えにくさと狭さは、倒れないための余白です」


 翌朝、三人は新しい札を作った。

 Aの札には大きく影の印、Bの札には炎の印、Cの札には小さな歯車。

 札は一緒に打つ場所と、別々に打つ場所が地面に描かれた。

 歩きにくさは少し増えたが、倒れた屋台はなかった。

 広場の端で、Cの風見が静かに回り続ける。

 ――印は増えたが、柄を握る手は、各自のままだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ