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百物語  作者: 冷やし中華はじめました


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「時の狭間の願い」

2145年、東京。


麗子は、生まれてこの方、一度も自分の顔を見たことがなかった。彼女の世代にとって、それは当たり前のことだった。


「鏡」という概念は、歴史の教科書でしか知らない。デジタル映像や仮想現実が当たり前となった世界で、物理的な反射面を使って自分の姿を確認するという行為は、まるで原始人の風習のように感じられた。


麗子は、自分の外見を気にすることもなく、30年間を過ごしてきた。しかし、最近になって、どうしても自分の素顔が気になり始めていた。


彼女の両親は、麗子が生まれる前に亡くなっていた。環境災害による突然の事故だった。麗子は、祖父母に育てられ、愛情深く育った。しかし、彼女には、自分がどんな顔をしているのか、両親に似ているのかどうかさえ分からなかった。


ある日、麗子は古い骨董品店で、「時の砂時計」と呼ばれる不思議な品物を見つけた。それは、使用者の「時間に関する願い」を叶えるという、伝説の品だった。


麗子は躊躇なくそれを購入した。その夜、彼女は砂時計を手に取り、心の中で願った。


「私の両親が生きていた時代に戻り、彼らと会話をし、自分の顔を見たい」


突然、部屋中が光に包まれ、麗子は意識を失った。


目を覚ますと、麗子は見知らぬ場所にいた。周りを見回すと、古めかしい建物や車、そして驚くべきことに、実際の鏡が至る所にあった。


彼女は慌てて近くの鏡を覗き込んだ。そこには、見たこともない若い女性の顔が映っていた。それが自分だと理解するまでに、少し時間がかかった。


麗子は、自分が2023年にタイムスリップしていることに気づいた。両親が生きていた時代だ。しかし、喜びもつかの間、彼女はすぐに困難に直面した。


2023年の世界は、麗子にとってあまりにも異質だった。人々は物理的な現金を使い、スマートフォンという原始的なデバイスを使用していた。さらに驚いたことに、人々は互いの顔を直接見て会話を交わしていた。


麗子は、自分の両親を探そうとしたが、すぐに問題に直面した。彼女には、両親の名前や住所、さらには顔さえ分からなかったのだ。


途方に暮れた麗子は、公園のベンチに座り込んでしまった。そこへ、優しそうな中年の女性が近づいてきた。


「大丈夫?何かお困りのようね」


麗子は、思わず涙ぐんでしまった。彼女の時代では、見知らぬ人に声をかけるという行為は、ほとんど絶滅していたからだ。


「私...私は両親を探しているんです。でも、どこにいるのか分からなくて...」


女性は麗子の話を熱心に聞いてくれた。そして、驚くべきことに、麗子の両親らしき人物の情報を持っていた。


「あなたの話を聞いていると、私の隣人のご夫婦のことみたい。彼らも最近、子供が生まれたばかりなの」


麗子は、その女性の案内で隣人の家を訪ねた。ドアを開けたのは、若い夫婦だった。麗子は、その瞬間、彼らが自分の両親だと直感した。


しかし、麗子が自己紹介をしようとした瞬間、彼女の体が透明になり始めた。時間切れだった。


最後の瞬間、麗子は両親に向かって叫んだ。


「私はあなたたちの娘です!未来から来ました!私を覚えていてください!」


そして、麗子は再び光に包まれ、2145年の自分の部屋に戻ってきた。


しかし、何かが違っていた。部屋の壁に、一枚の古い写真が飾られていたのだ。そこには、麗子の両親と、赤ちゃんの麗子が写っていた。写真の裏には、こう書かれていた。


「我が愛する娘、麗子へ。あなたが大人になったら、きっと私たちに会いに来てくれると信じています」


麗子は、その写真を見つめながら涙を流した。彼女の願いは、思いがけない形で叶えられたのだ。


しかし、麗子の人生は、この出来事をきっかけに大きく変わることになった。


彼女は、過去への旅で得た経験をもとに、「顔」の概念を現代社会に再導入するプロジェクトを立ち上げた。それは、人々が互いの表情を直接見て交流することの重要性を訴える革新的な取り組みだった。


最初は、多くの人々がこの考えに抵抗を示した。デジタル化された社会で、物理的な対面はプライバシーの侵害だと考える人も多かったのだ。


しかし、麗子は粘り強く活動を続けた。彼女は、過去の社会で経験した人々の温かさや、表情を通じたコミュニケーションの豊かさを、熱心に語り続けた。


徐々に、麗子の主張に賛同する人々が増えていった。特に若い世代の間で、「レトロ・フェイス・ムーブメント」と呼ばれる新しいトレンドが生まれ始めた。


5年後、社会は大きく変わっていた。街には、「ミラー・カフェ」と呼ばれる新しいタイプの店が登場し、人々が実際に顔を合わせて会話を楽しむ場所として人気を集めていた。


職場でも、重要な会議は「フェイス・トゥ・フェイス」で行うことが推奨されるようになった。人々は、表情や身振り手振りを交えたコミュニケーションの豊かさを再発見していったのだ。


しかし、この変化は新たな問題も生み出した。


「顔」が再び社会に登場したことで、外見による差別や偏見も復活してしまったのだ。美醜や年齢、人種による区別が、再び社会問題となり始めた。


麗子は、自分が引き起こしてしまったこの予期せぬ結果に、深く悩んだ。彼女は、人々の内面の美しさを評価する新しい価値観を広めようと、再び奔走し始めた。


そんな中、麗子は再び「時の砂時計」を手に取った。今度は、未来に行き、自分の活動がどのような結果をもたらすのかを知りたいと思ったのだ。


麗子が目を覚ますと、そこは2245年の世界だった。


驚いたことに、そこでは人々が、あたかも演劇の舞台のように、様々な仮面をつけて生活していた。


麗子は、近くにいた老人に尋ねた。


「なぜみんな仮面をつけているんですか?」


老人は答えた。


「ああ、これは『平等の仮面』というものだよ。100年前、ある女性が提唱した『内面の美しさ』という概念が極端に発展して、最終的に全ての外見的特徴を隠すことが義務付けられたんだ。これで、誰もが平等に扱われるようになったんだよ」


麗子は愕然とした。彼女の善意の活動が、このような極端な結果を招いてしまったのだ。


しかし、老人は続けた。


「でもね、最近の若者たちの間では、『素顔革命』という動きが静かに広がっているんだ。彼らは、個性や多様性を認め合うことの大切さを主張している。きっと、また社会は変わっていくんだろうね」


麗子は、時代とともに揺れ動く「差別」と「区別」の概念に、複雑な思いを抱いた。彼女は、再び自分の時代に戻る決意をした。


2145年に戻った麗子は、自分の経験を深く反省した。彼女は、過去と未来で見たものを教訓に、新たな活動を始めることにした。


今度は、「顔」や「外見」にとらわれない、真の意味での相互理解と尊重を促進するプロジェクトだった。それは、テクノロジーの利点を活かしつつ、人間の温かみも大切にする、バランスの取れたアプローチだった。


麗子は、自分の活動が将来どのような影響を与えるかは分からなかった。しかし、彼女は信じていた。一人一人が、時代や環境に左右されることなく、互いの本質を理解し合おうとする努力を続ければ、いつかきっと理想の社会が実現すると。


そして麗子は、「時の砂時計」を大切にしまいながら、静かに微笑んだ。時間旅行という貴重な体験を通じて、彼女は人間社会の複雑さと、変化の必要性を深く理解したのだ。


これからの人生で、麗子はこの経験を活かし、より良い未来を作るために尽力していくことだろう。そして彼女は、どんな時代であっても、人々の心の中にある普遍的な価値観を大切にし続けることの重要性を、決して忘れないだろう。


麗子の物語は、時代を超えて私たちに問いかける。私たちは、テクノロジーと人間性のバランスをどのように取るべきか。差別のない社会を目指すことと、個性を尊重することは、どのように両立できるのか。


これらの問いに対する答えは、おそらく一つではない。しかし、麗子のように、常に問い続け、行動し続けることが、より良い未来への道筋となるのかもしれない。


時は流れ、社会は変わり続ける。しかし、人間の本質的な価値は、どの時代にあっても変わらないのだ。麗子の旅は、そのことを私たちに教えてくれる、小さくも大きな物語なのである。

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