議員養成枠
序
Bは中堅の広告代理店で働く、目立たない営業マンだった。
ある日、上司から呼び出される。
「君、議員にならないか?」
Bは笑った。
「冗談でしょう。政治なんてやったことないですよ」
「だからいいんだ。うちは『地域発展プログラム』に協力していてね。新人を国政に送り込む仕組みがある」
話を聞くと、地方の中小企業や団体が資金を出し合い、一般市民を政治家として育てる制度らしい。
企業は地域振興の名目で寄付し、その候補者は「企業や団体に縛られない、清新な人材」として選挙に出る。
実際、過去にも同じ枠から数人が当選しているという。
破
選挙戦は驚くほど順調だった。
ポスターも演説台も、すべて「支援団体」が用意し、資金面で一切困らなかった。
街頭では「庶民派候補」として歓迎され、メディアも「企業や党のしがらみを持たない新人」と持ち上げた。
当選後、Bは議員会館の自室で支援団体の幹事Aを迎えた。
「おめでとう。さて、これから大事な法案がある」
Aは分厚い資料を置き、要点を淡々と説明した。
「この法案に賛成票を入れてくれれば、次の選挙も全力で支援する」
Bは目を通して驚いた。
——地域の建設業者に有利すぎる公共事業拡大案。
しかも「災害対策」という名目だが、実際には特定業者への受注がほぼ確定している。
「これ、通ったら国の予算が……」
Aは笑いながら言った。
「心配するな。これは地域のためだ。そして、君の政治生命のためでもある」
急
Bは最初の本会議で賛成票を投じた。
法案は可決され、地元には大型工事が始まった。
表向きは雇用が増え、街が潤っているように見える。
しかし、その利益の多くは支援団体とつながる企業に流れていった。
次の選挙でもBは圧勝した。
だが、もう「庶民派議員」ではなかった。
Bは気づく——この制度の本当の仕組みは、企業が候補者を“所有”するための養成枠だったのだ。
夜、自宅に帰ると、支援団体から届いた次の法案資料が机の上に置かれていた。
ページの端に、手書きでこう書かれている。
「今回も賛成でよろしく。君は自由だ。もちろん、我々のために」
Bは深くため息をついた。
——表では自由な政治家、裏では誰かの代弁者。それが、この国の現実だった。




