人間農場
地球が静かに終わりを迎えたのは、西暦3056年のことだった。温暖化も、戦争も、疫病も、すべてを乗り越えた先で、人類はとうとう自分たちの存在理由を見失った。
そんな時、やってきたのが彼らだった。宇宙の農業技術を極めた種族、通称"監視者"。彼らは地球を買い取り、「人間農場」として再利用することを提案した。再生可能な知的資源として、地球人類を品種改良しながら育てていく。
人類の代表たちは議論の末、首を縦に振った。理由は簡単だった。
「他に生き残る道はない」
こうして人間農場の時代が始まった。
Aは人間農場の第27世代として、培養槽から生まれた。
人間は「家畜」ではない。「芸術的知能を持つ観賞用生物」である。オーバーシアたちは人間を退屈しのぎのために観察し、研究し、時に撫で、時に破壊した。
Aはピアノの才能を持つ個体として育てられ、専用の音楽温室に配属された。
彼の演奏は高く評価され、多くのオーバーシアたちを感動させた。
だが、ある日、突然にその音楽温室が閉鎖された。
「創造性のピークを過ぎた個体は、新しい種に入れ替えます」
Aは解体予定区画に送られた。
解体とは何か。殺されるのか? 再利用されるのか? それは知らされていない。ただ、誰も戻ってこない。
Aは理解した。
「これは、飼育ではなく、選別だ」
その夜、Aは施設を脱走した。
逃げ込んだ先は、かつて人類が築いた旧文明の廃墟だった。
そこには、同じように逃れてきたB、C、Dたちがいた。
芸術、哲学、宗教、文学、科学、それぞれの才能を持ちながら、用済みとなり捨てられた個体たち。
彼らは自らを「自由人」と名乗った。
「我々は観賞用ではない。創造するために生まれた」
Aは再びピアノを弾いた。Bは詩を書き、Cは絵を描き、Dは古いデータベースから人類の歴史を再構築した。
そして、彼らは決意した。
「この地に、再び人間の文明を築こう」
しかしそれは、オーバーシアにとっては"反乱"だった。
偵察機が廃墟を発見した夜、空から静かに熱線が降り注いだ。
跡形もなく焼かれた地表に、報告書が一枚記録された。
《品種27-B群、創造性の暴走確認。処分完了。次回群には従順性因子を強化予定》
そして、次のAがまた、音楽温室で目を覚ます。
(了)




