表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
百物語  作者: 冷やし中華はじめました


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

116/166

Jの選択

 この国では、自己責任が国是とされた。

 自由と責任は表裏一体。すべての結果はあなた自身の選択。だからこそ、社会は公正で、平等なのだと。


 Jはその思想を信じて疑わなかった。高校時代から努力を重ね、名門大学を卒業し、一流企業に入社した。貧困や不幸は、努力の足りない人間が招いたものだ。そう信じることが、Jの人生を支えていた。


 ある日、街角で物乞いをする老人に出くわした。痩せこけ、服はボロボロ。だがJは足を止めない。


「その年まで何してたんです? 自己責任ですよ」


 心の中でそう呟きながら通り過ぎる。


 社会の景色が変わり始めたのは、会社が買収された翌年だった。

 合理化。構造改革。言葉は洗練されていたが、意味するところはひとつだった。


 Jはリストラされた。


 それでもJは信じていた。「次がある。能力のある人間には必ず居場所がある」


 だが現実は非情だった。年齢、経験、前職の肩書き。どれも仇になった。

 職安で若者に混じって列に並ぶ。あれほど蔑んでいた人々の中に、自分がいる。


 数ヵ月後、貯金は尽き、家賃を滞納し、アパートを追い出された。


「自己責任……だな」


 Jは自嘲気味に呟いた。


 だがそれでも、プライドは残っていた。生活保護? そんなものに頼るのは、敗者だ。努力が足りなかった者の逃げだ。


 彼は公園のベンチで暮らし始めた。


 ある夜、空腹に耐えかね、Jはゴミ箱を漁った。かつてスーツを着ていた男が、今は腐った弁当を手にしている。

 そこへ警官が現れた。


「ここで何してる?」


 Jは答えない。警官は顔をしかめ、無線で誰かを呼び出す。ほどなく、福祉の職員がやってきた。


「支援施設に行きましょう。住まいも食事も用意できますよ」


 Jは一瞬ためらったが、首を横に振った。


「結構です。……これは、自分の責任ですから」


 職員は困惑した表情で去った。


 翌朝、公園のベンチでJの死体が発見された。

 死因は餓死。


 ニュースはこう伝えた。


《元エリート会社員、自己責任を貫き死亡》


 ネットでは賛否が飛び交った。


「立派だ」「バカだ」「美学だ」「無様だ」


 だが一週間もすれば、誰も彼のことを話題にしなくなった。


 Jの選択は、静かに、そして完璧に忘れ去られた。



(了)



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ