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百物語  作者: 冷やし中華はじめました
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「永遠の瞬間」

トキオは10歳だった。そして、これからも永遠に10歳のままだ。

彼が住む世界では、人々は好きな年齢で時間を止められる。多くの大人たちは20代や30代で時を止め、若さと活力にあふれた姿で永遠に生き続けることを選んだ。しかし、トキオの両親は息子のために別の選択をした。

「10歳が一番いいと思うんだ」父親は言った。「子供時代の純粋な喜びと、大人になりかけの知性が絶妙にミックスされている年齢だからね」

母親も同意した。「それに、永遠に成長期の悩みに苦しむより、楽しい時期で止まる方がいいでしょう」

こうしてトキオは、永遠の子供となった。

最初のうち、トキオは自分の状況を楽しんでいた。学校に行く必要はなく、一日中遊んで過ごせる。おもちゃで遊び、アイスクリームを食べ、友達とビデオゲームに興じる。毎日が夏休みのようだった。

しかし、月日が経つにつれ、トキオは違和感を覚え始めた。

友達の多くは成長を続け、徐々にトキオから離れていった。彼らは10代、20代と年齢を重ね、新しい興味や人間関係を見つけていった。トキオはそれを羨ましく思った。

ある日、トキオは両親に尋ねた。「僕も大きくなりたいんだ。どうして僕だけが小さいままなの?」

両親は困惑した表情を浮かべた。「でも、トキオ。これが一番いいって、君も同意したじゃないか」

トキオは首を振った。「あの時は分からなかったんだ。でも今は...変わりたいんだ」

しかし、時間を止める技術には致命的な欠陥があった。一度止めた時間を再び動かすことはできないのだ。

トキオは絶望した。彼は永遠に10歳のまま、大人になる機会を失ってしまったのだ。

そんなある日、トキオは不思議な老人に出会った。その老人は、まるで魔法使いのような雰囲気を漂わせていた。

「君の悩みは分かるよ」老人は言った。「私にも似たような経験があるんだ」

トキオは興味津々で老人の話に耳を傾けた。

「実は、私も君と同じように時間を止めていたんだ。ただし、私の場合は80歳でね」老人は笑いながら言った。

「えっ?どうして80歳なんですか?」トキオは驚いて尋ねた。

「そうだねぇ...」老人は思い出すように目を細めた。「私は若い頃から、いつか賢い老人になりたいと思っていたんだ。知恵と経験に満ちた、尊敬される存在になりたくてね。だから、80歳で時間を止めたんだよ」

トキオは混乱した。「でも、それじゃあ老人になる前の人生を楽しめないじゃないですか」

老人は大きくうなずいた。「その通り!私も君と同じように後悔したんだ。若さや成長の喜びを味わえないまま、いきなり老人になってしまったからね」

「じゃあ、どうやって...」トキオは言葉を詰まらせた。

老人は微笑んだ。「そう、どうやって今の姿になったのかって?実は、時間を動かす方法を見つけたんだよ」

トキオの目が大きく見開いた。「本当ですか?どうやって?」

老人は神秘的な表情を浮かべ、トキオに近づいてささやいた。「時計の針を逆に回すんだ」

トキオは混乱した。「え?それだけ?」

「そう、それだけさ」老人は笑った。「でも、普通の時計じゃダメだ。特別な時計が必要なんだ。それは...」

老人の言葉が途切れた。トキオは息を詰めて待った。

「...君の心の中にある時計さ」

トキオは唖然とした。「心の中の...時計?」

「そう」老人はうなずいた。「君の心の中には、君だけの時間を刻む特別な時計がある。それを逆に回せば、時間を動かすことができるんだ」

トキオは半信半疑だった。「でも、どうやって心の中の時計を見つければいいんですか?」

老人は優しく微笑んだ。「目を閉じて、静かに自分の内側に耳を澄ませてごらん。きっと聞こえるはずだ。チクタク、チクタク...」

トキオは言われた通りに目を閉じ、集中した。最初は何も聞こえなかったが、やがて微かな音が聞こえてきた。確かに、チクタク、チクタクという音だった。

「聞こえた!」トキオは興奮して叫んだ。

「よし」老人は満足そうにうなずいた。「次は、その音の源を想像してごらん。きっと時計が見えるはずだ」

トキオは再び目を閉じ、音の源を探った。すると、心の中に古めかしい懐中時計が浮かび上がった。

「見えました!でも、どうやって針を逆に回すんですか?」

「意志の力さ」老人は答えた。「強く願えば、針は逆に回り始める」

トキオは深呼吸をし、全身の力を振り絞って願った。「動いて!お願い、逆に回って!」

すると突然、不思議な感覚が全身を包み込んだ。まるで体中の細胞が踊り出したかのようだった。

トキオが目を開けると、世界が変わっていた。彼の体は少し大きくなっていた。11歳になったのだ。

「やった!」トキオは歓喜の声を上げた。

老人は満足そうに微笑んだ。「よかったね。でも、気をつけなきゃいけないことがあるよ」

トキオは真剣な表情で老人を見つめた。

「時間を動かす力は大きすぎると危険だ」老人は警告した。「一度に大きく動かそうとすると、体と心のバランスが崩れてしまう。少しずつ、ゆっくりと進めていくんだ」

トキオはうなずいた。「分かりました。でも、どのくらいのペースで進めればいいんですか?」

老人は考え込んだ。「そうだねぇ...1年に1日くらいかな。つまり、365日で1歳分成長するってことだ」

トキオは少し落胆した。「それじゃあ、大人になるまでにすごく時間がかかりますね」

「そうだね」老人は同意した。「でも、それこそが人生の素晴らしさなんだよ。少しずつ成長し、経験を積み重ねていく。それが本当の意味での成長というものさ」

トキオは深くうなずいた。彼は理解し始めていた。急いで大人になることが重要なのではなく、成長の過程を楽しむことが大切なのだと。

「ありがとうございます」トキオは心から感謝した。「これからは毎日、少しずつ成長していきます」

老人は優しく頭を撫でた。「その調子だ。そして忘れないでおくれ。人生は一瞬一瞬が貴重なんだ。永遠の子供でいることも、急いで大人になることも正解じゃない。今この瞬間を大切に生きることが、本当の幸せにつながるんだよ」

トキオは老人の言葉を胸に刻んだ。これから彼は、毎日少しずつ成長していく。そして、その過程で様々な経験を積み、多くのことを学んでいくのだ。

その日から、トキオの新しい人生が始まった。彼は毎日、心の中の時計を少しだけ進めた。そして、体と心がゆっくりと成長していくのを感じた。

ある日は新しい友達ができ、またある日は初めての失恋を経験した。勉強で挫折を味わうこともあれば、努力が実を結ぶ喜びも知った。

そんな日々を重ねるうちに、トキオは気づいた。永遠の子供でいることも、急いで大人になることも、本当の幸せではないのだと。大切なのは、今この瞬間を精一杯生きること。そして、その瞬間瞬間の積み重ねが、かけがえのない人生を作り上げていくのだと。

やがてトキオは成人を迎えた。そして、彼は決心した。もう心の中の時計を操作する必要はない。これからは自然の流れに身を任せ、時の流れとともに生きていこうと。

最後にトキオは、あの不思議な老人のことを思い出した。そして、自分もいつか誰かの人生を変える存在になれたらいいな、と思った。

永遠の子供から始まった彼の旅は、まだまだ続いていく。そして、その一瞬一瞬が、かけがえのない永遠の瞬間なのだ。

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