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百物語  作者: 冷やし中華はじめました


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無口な相棒

ありふれたオフィスの一角で、Aは今日もキーボードを叩いていた。Aの隣には、いつもBが座っている。BはAの相棒だった。もっとも、Bは一言も発しない。朝、Aが出社すると、すでにBはそこにいる。昼食時、Aが席を立つと、Bは静かにAの帰りを待っている。退社時、Aが挨拶をしても、Bはただそこに佇んでいるだけだ。この奇妙な状況は、Aにとって日常の一部となっていた。周囲の同僚も、特に気にする様子はない。彼らは時折、Bに軽く会釈をしたり、書類をBの机に置いたりするが、Bからの反応がないことに慣れきっているようだった 。この無言の相棒を持つことは、この会社では特に珍しいことではなかったのかもしれない 。


Aのオフィスでの日々は、Bの沈黙とともに過ぎていく。会議中、Aが発言する横で、Bは静かに座っている。Aが難しい問題に直面し、頭を悩ませている時も、Bはただそこにいるだけだ。他の同僚たちがパートナーと意見を交換したり、助け合ったりする光景を、Aは何度か目にしたことがある。そんな時、Aは隣のBに視線を向けるが、Bの表情は変わらない。まるで、そこに存在しないかのようだ 。AはBの沈黙を、集中力の表れだと解釈しようとしたこともある。あるいは、言葉を超えた深い理解があるのかもしれない、と。しかし、実際にはBから何の助けも得られない場面に直面するたび、Aは内心で小さなため息をつくのだった 。先日、Aが重要なプレゼンテーションの準備で徹夜明けを迎えた朝、いつものようにBは隣にいた。Aは疲労困憊しながらも、Bに労いの言葉を期待したが、返ってきたのは静寂だけだった。


ある日、Aは上司に呼ばれた。上司は神妙な面持ちでAに告げた。「実は、今回の組織再編で、サイレントパートナー制度が廃止されることになったんだ。」Aは一瞬、何のことかわからなかった。「サイレントパートナー、ですか?」とAが聞き返すと、上司は少し困ったような笑顔を浮かべた。「ああ、君の隣にいつもいるBのことだよ。」上司は続けた。「あれはね、実は人間じゃないんだ。会社が導入した、高性能のマネキンなんだよ。」Aは驚愕した。まさか、いつも隣にいたBが、ただの物だったとは。「コスト削減のために導入されたんだがね」と上司は説明した。「社員の孤独感を軽減し、生産性を向上させるという目的だったんだが、効果はあまりなかったようでね。プログラム自体が予算削減の対象になったんだ。」上司は最後に言った。「今日中に、メンテナンス部門がBを引き取りに来るから。」


Aは自分の席に戻った。隣にはもうBの姿はない。空いた空間をぼんやりと見つめながら、Aはかすかな違和感を覚えた。しかし、すぐにいつものオフィスに戻ったような静けさがAを包んだ。Aは机の上の書類に手を伸ばし、仕事を再開した。オフィスには、以前と変わらない喧騒が満ちている。ただ一つ違うのは、Aの隣に無言の相棒がいないことだけだった。Aはふと、こう思った。「まあ、少なくともBは仕事の量について文句を言うことはなかったな」 。あるいは、それはAの声ではなく、オフィス全体を覆う無機質な空気の呟きだったのかもしれない 。

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