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百物語  作者: 冷やし中華はじめました


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消費者の逆襲

 Zは、とあるスーパーマーケットでカップ麺を手に取った。


 商品のパッケージにはこう書いてある。


「当社比300%の美味しさ!感動必至!」


 Zは苦笑して、スマートフォンをかざす。評価ポータルが自動的に起動し、商品の過去レビューが浮かび上がった。


「★☆☆☆☆:感動どころか、胃もたれ」 「★★☆☆☆:麺がゴム。スープは風呂水」 「★★★☆☆:嘘は言ってない。感動“必至”と“必至に努力”は別だと思う」


「やっぱりな……」


 Zは商品を棚に戻した。

 今の時代、企業よりも消費者の方が“上”なのだ。


 かつて企業がすべてを支配していた時代、人々は黙って製品を買い、文句を言わず、レビューを書いても消されていた。だが五年前、転機が訪れた。


 「評価逆転法案」の施行。


 消費者のレビューが法的効力を持ち、企業の信用スコアに直接反映されるようになったのだ。


 レビューの点数が下がれば、企業は行政からの補助金も税優遇も失う。最悪の場合、「廃業推奨企業」としてブラックリストに載る。


 当然、消費者たちは喜んだ。

 企業は媚を売るようになり、丁寧すぎる接客、過剰すぎるサービスが当たり前になった。


 だが──。


「お客様!今日はお越しくださってありがとうございます!」


 大型スーパーの入口で、スーツ姿のスタッフが深々と頭を下げている。Zの顔を見るなり、土下座寸前の勢いで言った。


「前回、当店での“棚の埃”をご指摘いただき、誠に申し訳ありませんでした。清掃担当は即日更迭いたしました!」


「……いや、そんな大事にしなくても」


「とんでもございません!」


 Zは肩をすくめて店内に入った。


 最近、店に入るだけで接客スタッフが5人並んでお辞儀してくるようになった。人によっては「うっとおしい」とレビューに書き込む者もいた。


 Zはふと、友人のPを思い出す。

 Pはレビュー評価にハマりすぎて、とうとう職業にしてしまった。


「企業にダメ出しをすることで社会を良くするんだよ」


 Pはそう言っていた。が、Zは内心うすら寒さを感じていた。

 Pは、料理が少しぬるい、箸の包装が硬い、笑顔が不自然──そんな些細な理由で、星1つを連打していた。


 その夜、Zの元にひとつの通知が届く。


「あなたの過去レビューが一定の影響力に達しました。VIP評価者ランクへ昇格いたします」


 Zはたった一人の消費者に過ぎないと思っていた。だがいま、彼の評価は企業の命運を左右する爆弾になったのだ。


 翌朝、Zは郵便受けにあった大量の手紙に目を丸くした。


「ん……? なんだこれは……」


 開封してみると、企業からの“お願い”の山だった。


「ぜひ当社の新製品を試食いただき、ご感想をレビューいただければ……」


「前回の評価につきまして、お詫びと再挑戦の機会を……」


「よろしければ弊社の“御意見番顧問”として月額契約を……」


 Zは気づいた。

 彼はいつの間にか、“消費者”ではなく“審判”になっていた。


 気味が悪い。


 もう単なる客ではいられないのだ。


 Zは家を出た。近所の小さな定食屋で、焼き魚定食を注文した。


 出てきたのは、ちょっと焦げ目のついたサバ、しなしなの味噌汁、ご飯は硬すぎず柔らかすぎず……。


 完璧でもなければ、最低でもない。


「うまいな……」


 Zは思わず言った。


 店主が笑う。


「ありがとう。でも、レビューは書かなくていいよ。うちは星なんかより、笑顔が一番だからね」


 Zは箸を止め、ふっと笑った。


 そういえば、自分はいつから食べる前に“評価”を考えるようになったのだろう。


 家に帰ると、Pから連絡が来ていた。


「大変だ。レビュアーたちがブラックリストに入れられてる」


「……え?」


「あんまり低評価つけすぎたやつらが“消費制限対象”になって、通販も飲食も予約できなくなってる。俺も今日、タクシーに乗れなかった。運転手に“評価履歴が不安なので”って言われた」


 Zは、スマホを置いて窓の外を見た。


 街は静かだった。


 誰もがレビューを恐れ、そして、レビューを恐れられている。


 消費者の逆襲は、いつの間にか“消費者同士の監視”へと変質していた。


 その夜、Zはスマホを開いた。


 評価ポータルにログインし、すべてのレビューを削除した。


 そして、こうつぶやいた。


「星なんて、いらない。俺はただ、メシを食いたいだけなんだ」

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