最後の一服
読みやすい(はず、、、)の掌編集です。
少し不思議で、少し悲しい、物語。
すぐ読めますので、読んでいただけたら幸いです。
禁煙という言葉の意味なら彼に聞けばいい。余りに多様で無意味な答に、笑うしかないだろうが。
「今日から一緒に煙草止めるぞ」という向こうからの約束は、あっという間に破られた。
居酒屋で待ち合わせた。店に入ると吉田は赤い顔をして、煙草を吹かしていた。
「そないに怒るなよ」
「別に」
まだ、生命保険の受取人ではない私には、どうでもいいことである。
「例えばよ、ここにどうしても開かんドアがあるとしよ、透明のドアの向こうには金塊が見えちょるんよ」
吉田は半分ほど残っていたビールを飲み干し、こちらに向き直る。
「森木、お前ならどうする」
「鍵屋でも呼ぶね」
「違う、ドアを右に滑らせりゃあええんよ、押して開くんやのうて、左右に襖みたいに開くドアやき」
吉田が生涯最後の煙草に火を付けた。雲のような煙が、鼻から漏れる。
「それと禁煙失敗に何の関係が?」
「見方ひとつやちゅうこと、失敗したんやのうて、三日成功したんよ、三日成功と見るか、三日で失敗と見るか、積み重ねると大きいぞ」
「相も変わらず自己正当化がお上手で」
嬉しそうに、吉田は煙草をかざして見せる。
「のお、玲、煙草っちゅうもんは」吉田はゆっくりと、白紫の煙を吐き出した。
「実に示唆に富んどるの」
曰く、三日ぶりの煙草は美味くもなんとも無いそうだ。禁煙という別れの幻は、手強いが敵わぬ相手では無いらしい。
私は何年か振りのセブンスターに火を付けた。煙が染みて泣けてくる。成功の味は苦かった。