その資質
闘技場内、特設リング。
李周は順調に勝ち星を挙げていた。
トーナメント式になっているこの闘技場では六勝勝てば決勝といった所だ。
彼は現在三勝しており、どの試合も危なげなく突破している。
その試合を観覧席、VIPルームにて観戦しているのは桃花と曹馮、そしてその後ろには朱孔もいる。
「・・・・・・パパ。李周、大丈夫かな?」
心配そうな桃花とは裏腹に目を輝かせ李周の闘いぶりを見ている朱孔。
「大丈夫だよ!兄ちゃんは確かに行は使えないけどその分ずっと身体を鍛えてたんだ。兄ちゃんが負けるとこなんて僕には想像つかないよ」
その言葉を後押しする様に曹馮も続ける。
「あぁ、大丈夫さ。それに桃花が信じてあげないで誰が李周君を信じてあげるんだい?」
「・・・・・・パパ」
彼らが桃花を励ましている内に李周の四回戦が始まろうとしている。
『赤コーナー!!今回が初参戦!!それでいて未だ無傷の新進気鋭の戦士!!李周ぅぅうう!!!』
『続いて青コーナー!!今回の優勝候補でもあり、元世界チャンプ!!現役を退けたもののその実力は衰えない!!趙孫んんん!!』
趙孫がリングへと上がった途端に周囲からは熱気のこもった歓声が飛び交う。
趙孫の姿をみた曹馮は今までの冷静さを欠き、青ざめる。
「馬鹿な!趙孫だと!?彼はこのレベルの試合に出ていい様な闘士ではないぞ!一刻も早く李周君を棄権させるべきだ!」
曹馮は席を立ち上がり、リングにいる李周の元に向かうべく駆け出すが、その曹馮の腕を何者かが力強く掴み曹馮の動きを止める。
「朱孔君?」
それは朱孔によるものだった。
「信じてあげて欲しいんだ、兄ちゃんを。兄ちゃんは絶対に負けないよ。兄ちゃんの強さは僕が一番知ってるんだから」
その言葉に曹馮は何も言い返せずにいた。
彼が行のプロフェッショナルとして任命したのは紛れもない朱孔だ。
彼は行の練度自体は低いものの、出力が常軌を逸しているのだ。
それは数千人に一人、いや数万人に一人と言っても過言ではない。
その紛れもない天才が信じろというのだ。
彼もまた才のある人間なのだろう、信じる他ないのだ。
「李周君だっけ?いやはやその歳で四回戦まで上り詰めるとは恐れ入ったよ。だけど僕も元世界チャンプ、手加減する訳にはいかないよ?」
「手加減?そんな事言っていられるの今のうちだけだと思いますよ?」
闘技場に入る前までは尻込みしていた李周であったが、この四回戦まで無傷で勝ち続けている。
その自信が彼を奮い立たせ、一種のゾーンに近い状態に入っていた。
『それでは四回戦!!レディー!!・・・・・・ファイ!!!』
四回戦の火蓋が切って落とされた。
たが、依然として二人に動きはない。
お互い相手の出方を伺っているのである。
観客も固唾を呑んでいるこの静寂の中、先に動きを見せたのは趙孫であった。
だがそれは攻めに転ずる動きではなく、右手を前に出し左手はだらりと下げ、前に突き出した右手で李周を手招きする安い挑発だった。
本来ならば挑発に乗る様な性格ではない李周だが、趙孫が放つ覇気、それが彼をただらならぬ者であると五感に告げる。
そうとなれば冷静に先手必勝。
李周は腰を低く下げ左脚を前に、右脚を後ろに構える。
李周が攻めの姿勢に転じるや否や、趙孫は刹那にして李周の姿を見失った。
「!?」
趙孫が李周を視認した時には、既に李周は趙孫の懐へと潜り込んでいた。
趙孫が咄嗟に下げていた左手で李周の拳を受け止めようとするが間に合わず。
李周は無防備な土手っ腹に強烈な一撃を叩き込む。
「ぐおっ、はぁぁあ」
本来なら一発KOになる様なこの一撃だが趙孫も伊達に元世界チャンプではない。
あの一瞬で腹部に力を込め、パンチの威力を抑えたのだ。
その一撃に会場は歓喜する。
今まで趙孫一色だった声援が瞬く間に彼のものとなった。
「ね?言ったでしょ!兄ちゃんは負けないって!」
朱孔はまるで自分のことかの様に誇らしげに曹馮の方を見る。
曹馮も驚いていた。
仮にも元世界チャンプ、打撃の一発や二発喰らったところで大したダメージにはならないだろう。
だが現に目の前には腹部を押さえ込みながら崩れ落ちている趙孫がいる。
この状況、本人達のみならず会場にいる全員が理解した。
・・・・・・格付けが完了したと。
だがそれでもプライドで生きなければいけないのが闘士。
審判が三カウントを取り始めるが、すぐさま立ち上がる。
「いやぁ、油断したね。子供だと思って舐めてたよ。まさかここまで出来るとはね・・・・・・。こちらも本気を出させて貰うよ」
元世界チャンプの本気。だが彼の言葉は今の李周には丸で響いていない。
それどころか李周は彼に向けて、彼が試合の最初に行った挑発行為、それと同じ構えをしたのだ。
「自分で言うのもなんですけど、こんな少年に一発でグロッキーにされて悔しくないんですか?」
「あまり調子に乗るなよ!三下がぁぁああ!!」
趙孫は理性を失い、その安い挑発に乗ってしまう。
しかも攻めの構えは李周と全く同じものだった。
闘士とはどこまでもプライドが高いものなんだな、と呆れる李周。
趙孫も構えを終えると途端に姿を消す。
観客達はざわめくが、一部の強者達は微動だにしなかった。
なぜなら段違いで遅いのだ、李周と彼の「それ」では。
李周の懐に入った趙孫は拳を構えようとするが、それよりも先に李周の膝が、彼の顎を捉える。
そのまま趙孫は意識を失ったのであろう、膝から地面へと崩れ落ちた。
彼の顎は砕けており、彼が立ち上がる事はなかった。
闘士として立ち上がる事も今後ないのだろう。
それ程までに李周の圧倒的な力は彼のプライドを粉々にしたのだ。
「李周!おめでとう!」
「さすが兄ちゃん!カッコよかったよ!」
選手控え室に戻るとそこには桃花、李周、曹馮がいた。
朱孔の姿を見た李周は先程までの気合いの入った表情とは打って変わって、物凄く甘いものを食べた様な、そんなとろけた表情になる。
「朱孔!!来てくれていたのか。久しぶりだな。元気にしてたか?」
僅か二ヶ月程会っていなかっただけだか、久しぶりの再開を祝うかの様に彼は喜びを露わにしていた。
だが、まだ気は抜けない。
彼は後、二勝しなければ曹馮の指定した条件に達しないのだ。
しかし、ここで李周が思いもしなかった事実が発覚する。
「李周君、おめでとう!これで条件はクリアだな!」
ーー?
頭の中に疑問符が浮かぶ。
まだ優勝はしていないしどう言う事だ?元世界チャンプを倒したから実力は示せたのか?
疑問が頭の中で駆け巡る李周。
そんな間抜けな姿を見て、笑い上戸の桃花は耐えきれなかった。
「あははははは」
突然の笑い声に肩をすくめる李周に対し、桃花は謝罪と共に説明する。
「ごめんね、李周。あまりにも面白くてさ。李周達の試合を見てた他の参加者はね、みんな棄権したの。こんなの敵うわけない〜って」
「え、マジ?」
なんとも拍子抜けな終わり方ではあったが、それもその筈であろう。
李周は行が使えないという理由だけで自分を悲観していたが、実際にはその恵まれた身体と高い知能指数は、朱孔とは別の方向性で天賦の才の持ち主なのだ。
他の参加者達は当然、李周には力が及ばないが場数は相当数踏んでいる。
闘わずとも、自分と李周との力量に、そして李周の天賦の才に気付いたのだ。
「李周君。君は行が使えないからと自分を大分低く見積もっている様に見えるが、君は紛れもない天才だ。もっと自分に誇りを持っていい」
その言葉に李周の心は救われた。
今まで一人で抱え込んできた何かが少しだけだが軽くなった様に感じた。
その嬉しさと安堵からか涙が溢れそうになるが、可愛い弟を前に涙を流す事など出来ず、グッと堪える。
「それでは条件は満たしたからな。李周君を正式に陰国の姫君の護衛任務へ就任とする。よいかね?」
「はい!ありがとうございます」
この護衛任務が李周、朱孔、そして桃花をも含む三人の運命が大きく変わるきっかけになる事はこの時、まだ誰も知る由もないだろう・・・・・・。
こんにちはまいちかです。
閲覧ありがとうございます。
今回、初めてのバトル要素となります故、臨場感が出てるかは不明です。
今後、この様な展開が多くなるとは思うので頑張ります!




