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陰陽冒険記(いんようぼうけんき)  作者: まいちか
陰国姫君護衛任務
12/12

帰還

 陽門州ようもんしゅうで二日間滞在し観光を楽しんだ蘭玉らんぎょくは、大使館への帰路に着くのであった。

彼等がこの旅路で成長した事もあるだろうが、行きとは打って変わり、大したトラブルもなく大使館へと到着した。 


 「ふふふ、なんじゃか色々あったがこれで其方らとの旅も終わりだと思うと寂しいのう」


 蘭玉は他人に心を開く、というよりも他人が蘭玉に心を開く事がなかった為、李周りしゅう朱孔しゅこう桃花とうかとの別れを惜しんでいた。


 「陰姫かげひめ様。そろそろお時間でございます」


 だが、無情にも曹馮そうひょうはその別れの時が迫っている事を彼女に告げる。

やれやれ、といった感じの蘭玉は別れの言葉を彼等に述べた。


 「桃花よ。恥ずかしい事に自分と歳の変わらぬ女子おなごと仲良くなれたのは、正直初めてじゃ。感謝する。また会えると良いの」

 「うん!また遊びに来てよ!いつでも大歓迎だよ!」

 「うぬ。来れるといいがの」


 蘭玉は桃花に引き攣った笑顔でそう答えた。

彼女は今回の一件で、今後も自分に何かしらの厄災が降りかかるであろう事を予見していたのだ。

再び、陽の国へ観光目的で来る事は出来まい。

だが一縷の望みに賭けるしか今の彼女には出来ないのだ。


 「朱孔よ。お主はこれから慌ただしくなってくるぞー?」


 にやにやしながら蘭玉は朱孔の顔を揶揄う様に覗き込む。

しかし朱孔はきょとんとしていた。


 「うん。なんだかよく分からないけど頑張るよ!」

 「お主は本当に能天気じゃの。まぁ、お主が小学校を卒業した暁には、陽帝ようていより使者を向かわす様に手配しておく。心して置くことじゃ」


 そして最後は李周。

少しの間を開け、蘭玉が李周へと語りかける。


 「李周。お主・・・・・・。なにかあったのか?」


 李周はその言葉に少し心臓が跳ねた。

蘭玉は陽門州に滞在している際に、李周の様子がおかしい事に気づき、少し気を探る事にしてみたのだが、それが出来なかった。

何者かの手によって李周の気にはプロテクトが掛かっていたのだ。

蘭玉は李周の身を案じ、彼に話を聞こうとしたが、タイミングを逃してしまい、結局今に至ったという訳だ。


 「別に。特に何もなかったですよ?」

 「うむ、それなら良いのじゃがのう」


 ーーー嘘だ。

彼女はもう一度、入念に彼の気を探り真実に気づいてしまった。

ーーー何故、彼から陰の気を感じるのじゃ。

恐らく、陽門州で陰国の者と接触したのだろう。

一体我が国の民は何を企んでおるのじゃ。

じゃが、陰国の者が彼に接近しているのであれば彼とはまた何処かで会う事になるじゃろう。

その時は妾が何かしら手を打つしかなかろうのう。


 「さてと其方達、時間じゃ。これから大変な事もあるじゃろうが、其方達の健闘を妾は陰国より祈っておるぞ」


 蘭玉は皆に別れを告げた後、陰国の外交官に連れられ大使館へと戻っていく。


 「終わった〜」


 桃花は安堵を漏らし、腰を落とした。

彼女は他の三人と比べ、戦闘力が低い。

常に緊張の糸を張り巡らせており、それが音を立てて切れてしまったのだ。


 「全く桃花は情けないな。肩でも貸そうか?」


 李周は桃花を煽る様に挑発する。

負けず嫌いの彼女は、その喧嘩を買う様にすぐさま立ち上がる。


 「別に!?一人で立てるもん!」


 桃花は立ち上がり、ふと思いついたかの様に一つの提案をした。


 「そうだ!祝賀会しようよ!みんなこの後時間はある?」

 「やるやる!問題なしだよ!」


 朱孔はすかさず返答するが、

ーーーやるなら今だな。

それが李周の考えだった。


 「あ、俺はちょっと仕事で世話になった親方の所に行ってくるよ。安否確認でな!一時間くらい遅れてしまうから先に始めてしまって構わないぞ」


 李周はそう言うと皆に背を向け、親方の所へと向かい始める。




 山奥にある一軒の民家。

今ここにいるのは李周と朱孔が不在の為、老婆ただ一人だ。

老婆は居間で水の張った桶に衣服を入れ、洗濯をしている最中である。

だが自分以外の気が背後に迫っている事に老婆は気付いた。


 「私に気づかれずに背後とはいえここまで近づけるとは成長したね、李周」

 「ばあちゃん。母親ぶるなよ」


 老婆は振り向こうとするがあまりの激痛にその動きが止まった。

痛みの元を辿ればそこは自らの腹部であり、愛する息子の手により貫かれていたのだ。


 「・・・・・・これは行。陰の気・・・・・・全て知ってしまったのね」

 「その口振りだと俺の予想はどうやら当たっていたらしいな」


 彼が突き刺した腕を引き抜くと老婆の腹部には風穴だけが残り、大量の血を吹き出した。

育ての親ではあるが、今の彼に同情の余地は全くない。


 「俺と朱孔は双子では無かったんだな。お前は一体なんなんだよ!クソババア!」


 激情に身を委ねている李周に老婆は残りの力を使い、最後の言葉を告げる。


 「お前達は双子ではないが父親は同じ。・・・・・・腹違いの兄弟じゃ」

 「なに!?」

 「父親は私の息子。名は梁羅りょうらと言う。あいつは陰と陽の女を同時に孕ませ、同じ日の同じ時にお前達は生まれのだ。私達三人、正真正銘の家族じゃが・・・・・・」

 「もういい!」


 李周はそれ以上彼女の言葉を聞く事が怖くなり、老婆に背を向けてしまった。

だがそれは自分が手をかけた老婆から目を背ける為だけでなく老婆に自分の涙を見せない為でもあった。

 

 「・・・・・・じゃがのう。私は知らず知らずのうちにお前と朱孔を比べてしまい、お前を傷つけてしまった。すまない李周。本当に・・・・・・すまない」


 彼は涙を拭い、老婆に別れを告げる決意をする。

このまま苦しみ続ける彼女を見ている事が出来ず彼女の元へ止めを刺しに行く。


 「李周。楽しかったよ。お前達と過ごしたこの十二年間は。私が居なくなった後は父を頼るがいい。さよなら李周。愛していたよ」


 朱孔は足に行を纏い、躊躇いなく老婆の頭蓋を踏み砕いた。


 「ごめんな。ばあちゃん。俺は前に進むよ」





 「あっ!」


 何かを思い出したのだろう、朱孔は声を上げた。


 「朱孔?どうしたの?」

 「ばあちゃんに帰って来たって言わないと!心配してるだろうからさ!」

 「確かにそれもそうね!私は先に家に帰って支度しとくよ」


 朱孔はあまり桃花を待たせない様に駆け足で自宅へと向かっていく。





 「兄ちゃん?」

 

 李周は老婆の死を慰るがあまり、背後から近づいていた朱孔に気が付かなかった。


 「朱孔か。最後にお前と会えて少しだけだが嬉しいよ。だが俺は陰国へと向かう。これが俺の運命なんだ」


 朱孔は李周の足元に倒れている老婆の亡骸に気づいてしまった。


 「ばあ、ちゃん?兄ちゃん!?一体何があったの?」

 「俺が・・・・・・。俺が、殺した」


 朱孔は戸惑い動揺を露わにするが、それと共に兄を止める覚悟を決めた。


 「・・・・・・そう。例え、そうだっとしても。俺は兄ちゃんを止める!兄ちゃんと一緒に中学に行くんだ!」


 ーーー馬鹿だな、お前は。

朱孔は小学校を卒業すれば陽帝の配下へと迎え入れられる。

俺とお前は同じ道を歩めないのだという事を理解していないのか?

本当にこいつは俺が側にいてやらないとダメなんだな。

そう思ってしまったが、もう彼は朱孔の側には居られない。

ならばいっそ楽にしてやるしかない。

・・・・・・自分も朱孔も。


 「金剛力士こんごうりきし阿形あぎょうー」


 これが李周の習得した技。

全身に眩い程の金の行を纏い、身体能力を極端に上昇させる攻撃の型。

李周は拳に元素を貯め、老婆の時と同様に朱孔の腹部を殴る。

朱孔も負けじと腹部に火の元素を貯め、攻撃の威力を抑えるがそれでも三メートル程後方に吹き飛び壁にめり込む。

一見、李周が朱孔を圧している様に見えるが李周も相当の痛手を負っていた。

朱孔の行により拳が熱され、軽度ではあるが火傷を負ったのだ。


 「あの一瞬でここまでの行を練るなんて。流石だな朱孔。だが、まだ立てるだろ?来いよ!」


 朱孔は立ち上がり、再び行を練る。

だがそれは炎槍ではなかった。

いくら李周が行を会得する事ができたとしても、炎槍は人間の反応できる速度を超えている。

この距離で撃てば間違いなく李周はあの世行きだ。

ならばあれを使うしかない。

そうと決まれば。


 「炎装えんそうけんー」


 技のギミックとしては李周の阿形と殆ど同じだが、彼は炎を全身に纏うのではなく攻撃を繰り出す右手と距離を詰める為に踏み込む右足に、全てを注いだ。


 「一騎打ちだよ!兄ちゃん!」


 朱孔が目にも止まらぬ速さで繰り出した拳。

李周はいつも通りそれを拳で受けるのではなく、左手で受け止めた。


 「金剛力士ー吽形うんぎょうー」


 阿形と吽形は対になる技であり、吽形は守りの型となっている。

吽形は発動するとその場から動けなくなる制約はあるものの、行から発せられる気に反応し、自動で最適に攻撃を防ぐ事ができる。


 「僕の拳が止められた!?」


 李周の炎装ー拳ーは主に拳に使う技だが身体の一箇所、もしくは二箇所に元素を貯める技である。

右手と右足に行を練った彼は攻撃が塞がれてしまった今、これ以上の追撃は出来ない。

こうなってしまえば右手に貯めた行の密度を高める事しか出来ないのだ。

だがこれ以上火力を上げようものなら、兄の身体がどうなってしまうか分からない。

しかし、兄を止めるにはもうそうすることしか出来ないのだ。


 「まだだよ、兄ちゃん!僕の全力を見せてやる!」


 朱孔は行の密度を最大まで上げるが李周も出力を上げ、その攻撃を耐える。

しかしこのままでは行の総量が多い朱孔に軍牌が上がる事だろう。

李周は最後の技を繰り出すのだ。


 「金剛力士ー仁王におうー」


 それは今彼が出せる最終奥義とも言っていいだろう。

仁王は阿形、吽形の出力を下げる事なく同時に併用できる技。

吽形で受け止め仁王を使い、阿形で反撃する、カウンターに近い使い方をする技だ。

だが、彼が行を習得したのは僅か二日前。

この二日でここまでの技を編み出しただけで、もう奇跡といっても過言ではない事だろう。

しかし、その未熟な行は本来出力を下げずに使える筈の仁王の出力を下げてしまったのだ。

彼は仁王を発動し、空いている右手で無防備な顔面を殴り飛ばすが、それと同時に李周の左腕は吹き飛んだ。

不幸中の幸いであるとすれば、朱孔の行から放たれる炎により、彼の傷口が塞がり出血を免れた事だ。


 「片腕くらいくれてやるよ。これがお前との最後の思い出だ」

 「・・・・・・ダメ、だよ。行っちゃダメ。兄ちゃんを止めてくれよ!・・・・・・ギャー助!!!」


 朱孔は最後の力を振り絞りそう叫ぶと彼の身体の中から先日使役した陽怪が飛び出して来た。

彼は、蘭玉に名をつける様に言われてからずっと名前を考えていたが、この土壇場でようやく彼なりに気に入った名前をつける事が出来たのだ。


 『ギャーーー!!!』


 ギャー助は李周に向かって高速の突進を繰り出すが、李周はそれを阿形により返り討ちにした。


 「ギャー助、やられちゃった。なんで・・・・・・」

 「それは、俺が使う行が陰国の行だからだ」

 「そんな。そんな事って・・・・・・」


 朱孔はその言葉を最後に意識を失った。

李周は倒れている朱孔の頭を軽く撫でると、彼に背を向け三人で過ごした思い出の地を後にするのであった。

その後、彼がこの地に戻ってくる事は二度となかった。


閲覧ありがとうございます!

これにて護衛編完結です。

書き貯めもなくなったので少し投稿遅れてしまう可能性がありますが、その時はごめんなさい。

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