月下美人
「結局、陽怪ってなんなの?」
ここは陽門州にある劇場、亞月館に併設されている旅館の一室だ。
普段は解放されておらず陰姫レベルの大物でもない限り入る事の許されない部屋である。
朱孔は昼間の一件(といっても陽国は一日中昼だが)で腑に落ちない事を蘭玉妃へと訊ねる。
彼は困っていたのだ。
先程の一戦の最中に従をしてきた陰邪、それが今もホテルの上空に漂っている最中であり、あれからずっと着いてきているのだ。
「陽怪と陰邪は対になる存在じゃ。陽国には陰邪のみが存在し、陽の人間を好んで食す。また弱点も陽の気を纏った行じゃ。その逆で陽怪は陰国にのみ生息し、陰国の者のみを食す。当然、弱点も陰の気を纏う行じゃ。区別は色じゃの。陰邪は紫で陽怪は赤じゃ」
「陰邪は陰国から送り込まれて来ているのかと思ってたけどもしかしてそうじゃないの?」
それを聞いて李周はすかさず、これ以上の朱孔の無礼を遮る。
「朱孔!その言い方はいくらなんでも無礼ってもんじゃないか?」
「ふふふ、よいよい。陰国の者も同じ様に言っておる。陽怪は陽国より送り込まれた刺客だとな。だが実際のところそんな事はないと思うのじゃがの」
「でも先程、我々の元へと奇襲を掛けてきた陽怪、あれは明らかに何者かに操られている様な気がしました」
そう問いたのは曹馮であった。
「うむ、ここからが国家機密となってくる話じゃ」
「そんな事、私達に話してしまってもいいの?」
桃花が恐る恐る蘭玉へと訊ねる。
彼女は困った様な笑みを浮かべ、桃花へと優しく微笑む。
「まぁ当事者じゃからの。朱孔がその力を覚醒したのじゃ」
その言葉に一同驚愕し、顔を見合わせる。
「たまに産まれてくるのじゃよ。陽国には陽怪を操る者が、陰国には陰邪を操る者がの。それは六道の力の一部だと言われており、神に近い存在じゃと言う事じゃ。さらに言えばこの力は王の資質でもあり、歴代の王は皆、この力を携えているのじゃぞ」
「僕が神に近い存在?僕が王・・・・・・?」
困惑している朱孔。
だが当然この話を聞いて困惑しているのは朱孔だけではない。
外交官でさえも知り得ない話であり、曹馮を含む皆が呆然と立ち尽くしている。
「朱孔には申し訳ないと思うのじゃが、この事は当然、我が父や陽帝にも報告させて貰う。報告義務があるのじゃ、許してくれたもう」
報告義務?
もしこの事を報告されてしまったら弟は王にでもなるのか?
李周は恐る恐る蘭玉へと訊ねる
「もしこの事実を報告しようものならば、朱孔はどうなるのですか?まさか次期の陽帝に?」
「急にそこまで話が進む事もないじゃろうが、追々そうなる可能性は高いのう」
李周は弟が王へと選ばれる喜び半面、悲しみや嫉妬に近いなんとも言えぬ感情に苛まれた。
自分はようやく行を使えたと思えばどうやら偶発的なものだったようで、今では使う事ができないでいるのだ。
「蘭玉さん。それよりもこの上に今も飛んでいる陽怪をどうにかしたいんだけど、どうすればいいのかな?」
「ふふふ、お主は面白いのう。自身が王になるかも知れぬという話よりも上空の陽怪の方が気になるとはの。着いてくるがよい」
蘭玉は部屋の戸を開け外へと向かい、皆もそれに同行する。
彼女は上空で円を描くように周回している陽怪に対して指を差し、そのまま朱孔の事を見つめる。
「頭の中であの陽怪が自分の元へと来るように念じるのじゃ」
朱孔は目を閉じ、陽怪が自分の元に来る様に念じる。
彼が再び目を開けた時には、すでにその目前まで陽怪が迫っていた。
朱孔は当然その突進を避けようとするが。
「避けてはならぬ!!!受け入れるのじゃ!!!」
彼は恐怖に抗い、その言葉に従う。
すると陽怪は朱孔にぶつかる直前に淡い光を放ち、その姿を消したのだ。
「え・・・・・・。陽怪はどこにいったの?」
「お主の身体の中で眠っておるのじゃ。名前でも付けてやると良い。呼びかければ呼応し、お主の身体の中から再び現れ、思うがままに使役できるじゃろう」
「兄ちゃん!僕の中に陽怪が入って行ったんだよ!凄くない?」
振り向き兄を探すがそこに兄の姿はなかった。
「兄ちゃん・・・・・・?」
桃花は李周に協力する事を決意したあの日、李周の内面的な黒い部分についてもカミングアウトされていた。
今の李周がどういう気持ちでいるか、少しだけ理解できる節がある。
「私、ちょっと李周を探してくるよ!」
その頃彼は初めて訪れた見知らぬ街を呆然と彷徨っていた。
「王の資質、陽怪の使役・・・・・・。一体どうなってるんだ。なんで俺の行は再び使えなくなってしまったと言うのに朱孔ばかり・・・・・・」
「それはお前の中に流れている気が陽のものではないからだ」
心身を喪失しかけている李周は特にリアクションを見せる事もなく、声の聞こえた路地裏の方を向けば先程の謎の青年が立っていた。
「お前の力の秘密を知りたくば少し顔を貸せ。ここでは目立ちすぎる」
李周は力を求め、いや自分自身の存在価値の為か。
何も疑わずに青年の後に着いていく。
「これだけ離れれば問題ないだろう」
李周は青年に導かれるがまま、街の外れの郊外まで移動していた。
「俺の力の秘密とはなんだ」
彼は前置きも無しに本題へと話を進めた。
「そう慌てるな。お前の秘密だろ?恐らく、お前は陽の国の者ではない。私と同じ陰の国の人間だ」
「どう言う事だ?」
あまりの衝撃に彼は開いた口が塞がらない。
だが、青年の言動には辻褄の合ってしまう出来事があった。
陰国の者しか襲わぬ陽怪が自分を狙った事だ。
それでは弟も陰国の血を引いているのか?
だが、朱孔は陽怪には襲われなかった。
一体全体どうなってやがる。
「確かに君が妖怪に襲われたから、と言う事もあるがそれだけではない。私の拳がお前の拳と混じり合った時、私の陰の気とお前の陰の気がぶつかり合い、共鳴した結果、行が発言したのだ」
「俺の心を勝手に読むな!それならば双子で産まれた朱孔は一体どうなんだって言うんだ!あいつは陽怪に襲われなかったし、行も使えるぞ!」
「それに関しては少し心を読ませてもらったが、お前たちは本当に双子なのか?親はいないだろう?君の弟は間違いなく陽の人間だと思う。陰国の人間に妖怪を使役する事など出来ないからな」
ーーー本当に双子なのか?
今まで気にも留めなかったが、確かに俺たちの家にはばあちゃんしかいないし、それが普通だと思っていた。
だが俺が陰国の者だとばあちゃんが知っていたのだとしたら辻褄が合う事があまりにも多すぎてしまう。
・・・・・・ばあちゃん。
「それに関しては一度、自分で確認を取った方がいいだろう。だが、もしお前が陰国の人間だとしたのならばお前はここにいては一生、行が使えないだろう」
「どうすれば、俺は行を使える様になるんだ?」
「複数の陰国の人間と触れ合う事により気を何度も共鳴させ、その感覚を身体に刻み込む必要がある。私の力でも一時的に行を使用できる状態には出来るが、良く見積もっても五日が限界だろうな」
・・・・・・五日。
気を読む事ができ、曹馮ですら知り得なかった国家機密を知っていたこいつは恐らく只者ではないだろう。
その得体の知れない強者であっても五日が限界だと言うのか・・・・・・。
「要するに、力を求めるのならば陰の国へと着いてこい。そう言うことか?」
「御名答。その暁には私の用いる全てをお前に叩き込む。五日後だ!今、お前に行の力を託し、その力が失われるまでに私の指定した場所まで来い」
そういうと青年は再び木の行を使用し、姿を眩ませた。
「李周ーーー?李周ーーー!」
大声で李周の名前を叫びながら街を練り歩く少女、桃花は李周がなかなか見つからない事に不安を抱いていた。
陰姫の護衛をしている以上、いつどんなトラブルに巻き込まれるか分かったもんじゃない。
また、あの謎の青年からの奇襲を受けたのか?
あの時も陽怪は李周を狙っていた。
理由は分からないが、奴らの狙いは李周かも知れない。
「桃花?こんなとこで一体なにしてるんだ」
その声に振り返ればそこには先程まで散々探していた李周がいた。
「李周!心配したのよ?一体どこに行っていたの!!!」
「いや、すまない。少し用を足す為に席を外れたら道に迷ってしまったんだ」
「それならいいんだけど。帰ろう!李周」
桃花に手を取られ、躓きながらも旅館に向かって歩いていく二人。
たが突如として強風が吹き込み、彼らは足を止めた。
「もう立ち止まっては駄目。どんな事があっても希望を持ち続けて・・・・・・。あなたの穢れなき心ならそれが出来る筈だから」
ーーーまたあの声だ。
誰の声だかは分からないが、あの時の声だ。
「わかってる。わかっているさ」
「どうしたの李周?」
心配そうに李周を見つめる桃花に彼は優しく儚げな笑顔を向ける。
「問題ないよ、大丈夫さ」
二人は再び旅館の方角へと歩を進め始めるのであった。
ーーー嘘つき。
「ん?なにか言ったか?」
彼女の微かな心の叫びは一度は李周の元へと届いたが、再び吹き込んだ強風により掻き消され、日の沈まぬ街の中へと溶け込んでいくのであった。
閲覧ありがとうございます。
一応次回で陰姫護衛任務を終わらせる予定です。
ちなみにですが陽帝とは陽の国の王様の事です。
同じ様に陰帝もいます。
作中では登場した時に説明予定です。




