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第七話

「――ゆえに、ラブレスさまがお心替えなされたのは間違いございません」


「そうか」


「もはや、部屋の結界を解いても、逃げ出されることはないかと」


 ごつごつとした黒雲石の床の上で、平伏したまま話しているのはマドリリーヌである。常とは違い、声音が一段低くなっている。


「アレもようやっとおのが立場を弁えたということか」

 

 それもそのはず、いま話している相手こそが、ヘルヘルムの支配者――魔王サバトリウムその人だからである。

 そして、ここは魔王城の十階にある玉座の間。身分の低い者では立ち入ることすらできない場所だ。


「シャーベルト、そちはどう思う?」


「う~ん、そうですねぇ~。姫の部屋の結界を解くのとぉ~、先日のお見合いが失敗した件となにか関係あるのぉ?」


 シャーベルトに見下ろされながらの答弁に、マドリリーヌの奥歯が僅かに音を立てる。

 先日の見合いの件など、いま持ち出す必要はない。

 顔を上げた先にあるであろう、シャーベルトの嘲笑を思えば腹わたが煮えくりかえりそうだが、マドリリーヌは唇を噛むことで、どうにか平静を装った。


「……ラブレスさまは立て続けのお見合いで精神的にもかなり疲弊なさっているご様子。このまま幽閉されご心労が続けば、今後のお見合いに影響が出るどころか、()()()()()()に影響しかねません」


「……それは困るな。よし、結界を解いてもいいぞ」


 俯いたままのマドリリーヌの表情がパッと明るくなる。


「あらぁ、良かったわねぇ~、じゃあ、結界は解いておきますぅ~。でもぉ~、姫が逃げ出したりしたらぁ、あなたの責任ということを忘れないでねぇ~、マドリリーヌ」


「はっ! すべてはわたくしの責任において」


「ではもう下がれ」


 深く頭を下げてから、正面を見ないよう屈んだまま後ろを向き、扉へと下半身を滑らせる。

 玉座の間から出るとき、シャーベルトに抱かれその胸に顔をうずめている魔王の姿が扉の隙間から目に入った。


 玉座の間を出るやいなや、軽快な下半身取りで、魔王女の居室へと急ぐ。


(嗚呼、姫さまのご要望を叶えることができましたわ!)


 ここのところ、何度も部屋の結界を解くようにと姫に嘆願されてきた。

 そもそもマドリリーヌとしては、姫を閉じ込めることに対して端から乗り気ではなかった。しかし、魔王からの勅命であったため、結界の解除を上奏するにはどうしても、それなりの理由が必要だったのだ。

 

(何事もなく二回のお見合いを熟され、近頃は騒音一つもお上げにならない。加えて、部屋で読書をされているのですから、当然のお沙汰ですわね)


 ここ最近の姫の変わり様は、城内でもすでに話題だ。


 結界がある以上、マドリリーヌ以外の者は、基本的にお見合いの時にしか姫を見る機会はない。

 それでも、姫が変わったことは城勤めの者ならだれもが気づいている。


 理由はいたって単純――静かになったからだ。

 

 以前の姫なら、一日に最低でも二度か三度は爆発音を轟かせていた。中には、それを合図に休憩を取るものたちもいたぐらいだ。


(最後は脅しのような形になってしまいましたけれど、やはり、勇気を出して直に具申したのは正解でございましたわ)


 ヘルヘルムの侍従は、何事もまずはシャーベルトを通すように命じられている。

 だが、シャーベルトを通して、マドリリーヌの願いが聞き入れられたことなどほとんどない。

 マドリリーヌは、彼女が意見具申を魔王に通さず、自分のところで止めていると確信している。だから今回は、緊急ということにして直に謁見したのだ。


(魔王さまが斯様なお姿になってしまわれてから、あの女のやりたい放題ですわ――)


 先代勇者との戦いの最中、瀕死のダメージを負った魔王サバトリウムは、魔王族が代々その身を以って受け継いできた暗黒神の心臓を守るため、一時的に、生まれたばかりの娘であるラブレスにその心臓を移した。その際に、自身の魔力もすべて譲渡してしまったことで、赤子の姿にまで退行してしまったのである。


(以前に拝謁したときと、ほとんどお姿がお変わりになっていらっしゃらなかった………)


 あれはどう見てもまだ幼子ぐらいだった。

 先の戦いから、あれだけしか力を取り戻せてないということになる。

 元の力を取り戻すのはもう不可能なのかもしれない。


(新たな勇者が誕生したいま、ご心労が絶えないことでございましょうね……)


 あれやこれやと逡巡している内に、姫の居室の前に着いた。

 マドリリーヌは深呼吸し、分不相応な問題を頭から振り払ってから、ドアをノックした。




★★★★★★★




 来ました。とうとう来ました。

 ここに来てから一カ月弱。

 ようやく、解放される時がっ!


「ささ、姫さま」


 マドリリーヌが部屋のドアを開けて私を外に導いてくれる。

 初めて見たとき怖いとか思ってごめんね。あんた最高のメイドだよ。


 私は大きな一歩を踏み出す。

 ああ……部屋の外に出るのはこれで三度目だけど、これからは自由に出入りできるんだ。

 

 軽快な足取り。思わずスキップしちゃいそうになる。

 改めて見ると、ここのお城って意外と綺麗にしてある。

 ところどころにある正体不明の頭蓋とか、顔が動く彫像とか、花瓶に生けてあるうねうね動いてる花とかを気にしなければ……うん、お城って感じがする。


 あっ、そういえば、ちゃんとした花も飾ってるんだった。

 ちょっと匂い嗅いでみよ――っぶな!


「チっ」


 バクンってされた! しかも、なんか舌打ちされたし!


「姫さま……歯肉草(しにくそう)にお顔を近づけては危のうございますわ」


 なに、その窮屈そうな名前……ってか知ってたフリしないと。


「わ、わかってる! 久々だったんでな」


 もう迂闊に顔近づけるのはやめよ……

 あれ? そういえば、いつもはマドリリーヌが前歩いてたから、ここからどうやって外に出らればいいのかわかんない……


 浮かれてて考えてなかったけど、お城の造りを知らないってバレたらヤバいじゃん。


「姫さま? 如何なされたのでございましょうか?」


 そうだよ……マドリリーヌが付いてこなければいいんだ。


「おい、もう下がっていいぞ」


「へ?」


「久しぶりの自由だ。俺は一人で散歩したい」


「し、しかし……」


 もじもじとなにか言いた気なマドリリーヌ。

 これは、あれよね。私が逃げないか心配してるんだ。


「大丈夫だ。ぜったい逃げねーから」


「…………」


 なんか俯いちゃった……うーん、困った。

 いや、だめだ。ここは強気にいかなきゃ!


「お前、まさか俺の言うことが信用できねえのか? ――ババア」


「ひ、ひいっ! と、とんでもございません! 承知いたしました。それではくれぐれも食事までにはお戻りくださいませ」


 何度も頭を下げてから、シュルシュルと去っていくマドリリーヌ。

 なんか悪いことしちゃったかな……でも、こればっかは譲れない。中身が違うのバレたらアウトだからね。


 さてさて、この階っていつもだれもいないんだよね。たぶんラブレスの部屋があるせいだと思うんだけど……


 あ、ここの回廊好き。部屋の窓とは反対側の景色が見れるもん。

 それに、あっち側は森とごつごつした山しか見えないけど、こっちは広くて色々見渡せるし、町があるのも確認済みなんだよね。

 お見合いのときは、止まって見ると不自然だから、遠慮してたけど、今日は風景楽しんじゃお!


 それにしても、やっぱ、この世界って変。

 どんよりはしてるけど、太陽がないのにちゃんと明るい。

 植物は光合成してないのかな?


 まあ、それは置いといて、町だよ町! でも、遠くからだとあんまりよくわからない――

 

 フッフッフッ、こういうときは、アレを使うしかないよね。

 引きこもり読書で得た知識!


キケレ(遠視)


 おおっ! 見える見える!

 へー、色んな種類がいるんだ~。人間っぽいのもいれば、動物系もいる。あれとか巨人だよね……

 なんかお店とかもあるし、ってか、でかっ! これは町というより、街だな。

 あー、そっか。城下町ってやつだ。お城から近いもん。


 いや~、魔法って便利だわ。

 このキケレなんて、「キケレ」って言って、手を筒にするだけで、あら不思議、望遠鏡になってくれます。

 でも、微かにだけど、なんか抜き取られた感はあるんだよね。これがたぶん魔力消費したってことだと思う。

 色々試してわかったけど、この体の魔力はほぼ底なし。余程のことがない限り、枯渇したりはしないと思う。


 ま、そんなことよりも。

 次はあそこの階段下りてっと




 ――そうそう、ここ。

 窓なくてなんかじめっとしてる廊下。

 はい、あった! めちゃくちゃ恐い石造十体。

 見た目は同じなんだけど、声が違うんだよね。


「姫さま、ご機嫌麗しゅうございます」


「お、おう」


「姫さま、結界が解かれたようでなによりです!」

 

「まあな」


「姫さま、今日はどちらに?」


「散歩だ」


「姫さま、破壊行為をされるなら私を供回りに」


「今日はいらねえ」


「姫さま――」

「姫さま――」

「姫さま――」

「姫さま――」

「姫さま――」

「姫さま――」


 途中からはダッシュで切り抜ける。

 まあ、ずっとあそこにいるからヒマなんだろうけど、全員に答えるの面倒だよ。


 もう、ここ薄暗いから、走って抜けよ――ん、なんかいまガコンって音しなかった……?


「危ない!」


 だれかに手を握られた……へ、あっ、ゆ、床がなくなって……


「ラブレスっ! 出してもらえたんだね!」


 恐るおそる顔を上げると、私と同じ蝙蝠みたいな羽で飛んでいる超美男子が微笑んできた。


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