第六話
ラブレスの二度目の見合い当日。
魔王城ヘルヘルム一階の大広間は、水を打ったように静まり返っていた。
前回のように、メイドたちの楽し気な声や厨房からの怒声も聞こえない。ただ、時折聞こえてくる、ケルベロスの遠吠えだけが、時間が停止していないことを証明していた。
(うふふ、今日こそは縁談をまとめさせていただきますわ)
見合いの席に着いた男女にちらっと目をやり、マドリリーヌは微笑する。
今回の相手は、完璧だという自負があった。
侍従としての務めを果たしながら、寸暇も惜しんで選定した花婿候補だ。
(さあ、姫さま、とくとご覧くださいまし! その輝く体躯をば!)
今回は、自分だけで選定したわけではない――他でもない姫自身の要望を汲み取ったのだ。
『う~ん、そうだな……やっぱり一緒にいて安心できるのがいいな』
まさか、姫に殿方の好みがあるとは。しかも、マドリリーヌにそれを話してくれるなんて、これまでの姫では考えられないことだ。
気軽に話してもよいと言われた上に、殿方の好みまで語ってくれた姫。それは、マドリリーヌが夢にまで見た主従関係だった。舞い上がって当然だった。ゆえに、マドリリーヌは姫の言う『安心』がなにを意味しているのかを、ちゃんと聞くのを忘れてしまった。
(しかし、そこは姫を最もよく知るわたくし。『安心』の意味、しかと心得てございますわ)
念のために城勤めの者たちには、物音一つ立てないように願いでた。それが姫の安心に繋がるかは定かではないが、不安材料は可能な限り排除したかった。
加えて、前回と同じ轍を踏まないようにも十全の注意を払ったつもりだ。
形態異常を起こすような柔なのはだめだ。もっとしっかりした、それこそ姫が『安心』できるほどの強度を誇った者でないと。
(もちろん、姫さまがあれほど慌てて付け加えられた要望にも対応いたしておりますわ)
人型であるということ。
なるほど、姫は魔人である。もっともな要望だ。前回の相手を選んだ際は、相手の功績を重視するあまり、そういう基本的なことを失念してしまっていた。
(今回は、毒蟻一匹すら入る隙はございませんわ。あらあら、互いにあんなに見つめ合って……うふふ)
まるで目で会話をしているかのごとくジッと見つめ合う男女に再び目をやり、マドリリーヌは己の仕事っぷりに満足した。
★★★★★★
まあね、二回目だからね、それなりに心の準備はしてたよ。
でも、今回は好み……伝えたよね?
そりゃ、いきなり訊かれたし、ラブレスのキャラとかもあるから、かなり遠慮して言ったけど。
だとしても、これはないわ――
__________
名前:ゴレムン
種族:クリスタルゴーレム
役職:魔王軍王城守護隊 隊長
生命力:3780
魔力:5
攻撃力:230
防御力:580
すばやさ:10
知力:200
運:60
経験値:32400
ゴールド:15000
___________
安心の意味!
もう、私にもわかるよ。だって、前の釣書持ってきたからね!
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名前:マグライム
種族:ラヴァスライム
役職:魔王軍溶魔戦隊 隊長
生命力:1580
魔力:120
攻撃力:210
防御力:120
すばやさ:165
知力:60
運:80
経験値:28600
____________
生命力と防御力が高いってことでしょ!
いや、安心できるけど、そういう安心じゃないから!
ここが体育会系なのはわかったけど、この数値が結婚と関係あるってなぜに思うわけ?
薄々気づいてたけど、マドリリーヌってやっぱちょっとネジ外れてる系なんじゃ……
ラブレスにイジめられてたっぽいから、可哀想って思ってたけど、もしかしたら彼女にも原因あるんじゃないの?
まあ、それはいいとして。
このゴレムンっての、なんかめちゃキラキラしてるんだけど。ああ、そっかクリスタルだからか……
いやいや、納得したら負けでしょ。そもそもコレって無機? 有機? どっち?
ロボじゃんほぼ! ほぼロボじゃん! ってか無機でしょ絶対!
前回も思ったけと、こんなのと結婚とかありなの? どうやって子供作んの!?
はあああああ~、もうなんか、ツッコむ気力すら失いそう……
……いやいやいや、待って。一番下! ゴールドって書いてるよ! お金じゃん絶対! これやっつけたら貰えるやつじゃん! 前はなかったのに、なんで? アピールポイントってこと?
じゃあもう、経験値もそっち側の立場で見ろってことよね……だとしたらここの世界観、マジで迷宮入りだよ?
まあ、このまま黙ってても仕方ないし、気になったら直接聞けば――でも、こっちの常識を知らないのがバレて、正体まで見破られたらヤバいよね。
うっ……話しかけようにも、この窪みの奥で紅く光ってる目。なんか下手なこと言えない圧力が。ここはとりあえず褒めて様子見るか。
「おい、お前めちゃゴールド持ってんな! やるじゃねーか」
「…………」
あー、ごめん。ちゃんと見てなかったけど――ないわ口。また、ないわ。
わざと話せないの選んでない?
なにがしたいのよ、マドリリーヌ……。
『オキヲ ツカワセテシマイ モウシワケアリマセン』
ん? なに、いまの?
「なあ、なんか言ったか?」
「い、い、いえ!? わたくしはなにも……」
『ラブレスサマ ワタシ デス。 ゴレムン デス』
えっ!? ゴレムンが喋って――るんじゃない! 頭の中に直接語りかけてきてるんだ!
『ソウデゴザイマス。シツレイ ハ ショウチ デ ネンワ ヲ ツカワセテ イタダキマシタ』
ネンワ……ああ、念話! へ~、そうなんだ~、めちゃ高性能じゃん、って言ってる場合じゃない! 私の考えてることバレちゃうじゃん。
『ダイジョウブ デ ゴザイマス。ワタシ ハ クチ ハ カタイホウ デ ゴザイマスノデ』
まあ、そうだよね。だって――口ないもんね! あっても確かに堅そうだしね、はははっ……
『ジツ ハ ラブレスサマ ニ オツタエシナケレバナラナイコト ガ ゴザイマス』
え、なに? どうしたの?
『ワタシ 二ハ コンヤクシャ ガ オリマシテ――コンカイ ハ ソコ ノ マドリリーヌドノ ニ ムリヤリツレテコラレタ ノ デス』
ええっ!? まじか~。マドリリーヌってもしかして私以外にはパワハラ系? ないわ〜。可哀想じゃん、婚約者いるのに連れてくるなんて。
……てか、なんか彼女持ちのくせに街コン来てたヤツのこと思い出してイラっとしてきた。
「ど、どうかされましたか、姫さま? わ、わたくし何か粗相を?」
『ソコデ ドウカ マドリリーヌドノ ニ キヅカレヌヨウ ラブレスサマ カラ コノ ハナシ コトワッテイタダケマセンデショウカ?』
あー、そういうことね……お互い秘密持った同士ってことか。オッケー、任せて! ぶっちゃけ、私も強制されてるから。
『カンシャ イタシマス ラブレスサマ。ユウジ ノ サイ ハ コノ ゴレムン ラブレスサマ ノ タテトナリ カナラズヤ オマモリイタシマス』
いいよ、いいよ、気にしなくて! 色々カタいんだからっ!
それじゃ、婚約者さん大事にしてあげてね。
あ、私がこういう感じの性格ってことは秘密で、絶対に。
『ハハ~~~~ッ! ショウチイタシマシタ』
「――マドリリーヌ、こいつではダメだ」
「へ? ……さ、左様でございますか……残念でございますわ。…………それではゴレムン殿、姫さまもこう仰っておりますので、お引き取りを」
うわっ、立ったらなんか迫力ある~、ドシンドシンいってんじゃん。
でも、いい子っぽかったし、幸せになれるといいな……
「あ、あの~、姫さま。ゴレムン殿の……そのぉ、どこがお気に召さなかったのでございましょうか?」
お気に召すもなにも、ゴレムン無機じゃん。せめて有機にしてよ。とか言うのも変だし、なんて言えばいいんだろ……えーっと、なんとか力とかだよね。
とりあえず、適当に誤魔化さないと……あ!? この数値が低いところをまず指摘して、それから有機ってなんていうんだろう――
「……すばやさが低い――それともっと生命力」
「!? う、承りました! 次こそは必ずやっ!」
その夜、ゴレムンとその婚約者(婚約者っ!)のことを考えてたら、なんかフラれたみたいな気分になって、一睡もできなかった。