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第五話

 滞りなく朝の支度を終えたマドリリーヌは、忙しなく魔王城を移動している。


 まず、厨房に姫の朝食を取りにいき、それからほかの四天王が治める六階から八階までの通行許可を取る。そして、一階まで戻される落とし穴や串刺しの罠を慣れた下半身取りで避け、石像に見せかけた魔導兵十体が両脇に配置された回廊を進み、ようやく九階最奥にある魔王女室まで辿り着いた。


 マドリリーヌは息を整えてから、扉を叩く。


「姫さま! おはようございます!」


「おう、入れ」


(嗚呼、今日も起きてらっしゃる……)


 マドリリーヌは、喜びに身を震わせた。

 ここ最近の姫は、まるで中身が入れ替わったように、折り目正しい几帳面な性格になった。起こさずとも起きているし、部屋の掃除や身支度も自ら行っている。

 

 幼少の頃からずっと、姫を起こすのは生死をかけた戦いだった。それがこの変わり様。


 これまでの命がけの小言が、遂に姫の心に届いたのだろうかとマドリリーヌは思ったが、すぐにふるふると頭を振った。


(うふっ、またわたくしったら、本当におバカさんですわね)

 

 そう、姫は結婚を前に変わられたのだ。

 新たな勇者の脅威が迫るいま、魔王女としての自覚が、女心を芽生えさせたのだろう。


「失礼いたします。姫さま、本日も見目麗しゅうございますわ」


「ん? ああ」


(まあ、朝から窓際で読書でございますか。今日もご機嫌が麗しいようでなによりで、ございま、す、わ…………!?)


 そこで、マドリリーヌはテーブルに朝食を並べる手を止め、見てはいけないものを見たかのように、視線を姫から外した。


(え? あの姫さまが読書? 陛下の命令で本を部屋に置く事になった折、「尻尾を全部切らせろ」と八つ当たりしてきたあの姫さまが? 文字を読むだけで吐き気がすると喚き散らして、ヘルヘルム中の本を焚書しようとしたあの姫さまが!?)


 マドリリーヌは横目で姫を盗み見る――やはり、読書をしている。

 もしかしたら、自分が知らぬ内に錯覚魔法(イルホン)をかけられているかもしれないと思ったから、一応確認したのだ。


(やはり、錯覚ではございませんわ。わたくし精神操作系魔法(そういうもの)には耐性がございますもの……)


 ならば認めるしかないと、マドリリーヌは急いで食事の支度を終わらせた。


「姫さま、朝食の支度が整ってございます」


「ああ、うん」


 姫は本からほとんど目を離さずに席に着くと、そのまま食事を始めた。えらく器用だなと感心はするものの、注意はしない。こんなことで注意していては、命がいくつあっても足りないと身を持って知っているからだ。


「ひ、姫さま、いったいなにをご覧になってるのでしょうか?」


「ん? これ」


「――ッ!?」


(こ、これはっ!? ワルビレイズさま著『第十三位魔法の秘密』! そのあまりの難解さに『奇書』の一つとして扱われている魔法書の古典中の古典ではございませんか。そ、それを、あの姫さまが……)


「ちょ、ちょっと!?」


「ハッ! も、申し訳ございません。わたくしとしたことが……意識が朦朧と」


 あわや倒れる寸前のところを、姫に声をかけられ持ち堪えた。

 罰を受けるのではと咄嗟に身体が強張るが、


「そ、そうか、大丈夫か?」


 姫に心配され、マドリリーヌは思い出した。


『これからは、お前の質問や軽口に対して怒ったりしねーから、もっと気安く接していいぞ……馬鹿タレが。俺は変わろうとしてんだ。あと、お前には暴言はあんまり吐かないようにするからな』


 先日、もう暴力は振るわないと言われ、初めこそ姫が慎みを持たれたと歓喜に打ち震えたが、よもやいつまでもそれを間に受けるほどマドリリーヌは初心ではない。

 

 乙女心と嗜虐心はまったく別の感情ということを、経験上よく理解しているし、なにより、油断させてからの攻撃は姫の常套手段だからだ。とはいえ、これまでとはなにかが違うのも確か。

 

(姫さまは本当にお変わりになられたのでございましょうか? ということは、もう、わたくしを叱ってくださらないということ……)


 そのとき、マドリリーヌは軽い胸の疼きを感じた。


(え? もしかしてわたくし、姫さまが叱ってくれなくて淋しがっている……?)


「なあ、これなんだけど――」

 

「ぴゃいっ!!」


 妙なことを自問していたところに声をかけられ、思わず変な声が出てしまった。

 しかし、そんなことよりも、あの姫が本の内容について尋ねてきている。


(かつて夢にまで見た光景ですわ!)


 すぐに答えねばとマドリリーヌは、指し示された箇所を読んだ。


(こ、これはっ! 第十三位焦炎魔法『アグナーラ』についての箇所!)


「ん、どうした?」


()()()()()が、かつて魔界の四分の一を焦土にした伝説の魔法に興味を示されている………)


 マドリリーヌの喉がゴクリと鳴る。


(な、なるほど、そういうことでございましたのね……あれこれと我慢を強いられている姫さまの嗜虐心はいまにも噴火寸前。これまでのように小さな暴力ではなく、一発でスッキリされるおつもりなのですわ!)


「ど、どうした?」


(いえ、落ち着くのですマドリリーヌ。姫さまがいくら魔法の天才とはいえ、信仰心のなき者に第十三位階魔法は絶対習得不可能。……けれど、姫さまは依代であられるのですから、そもそも信仰なんて関係ない可能性も。とにかくお止めしなければ……これは魔界の危機でございますわ!)


 マドリリーヌは、いつものごとく、色々と早とちりをした。


「姫さま! 『アグナーラ』をお調べになるのだけはおやめくださいませ! このマドリリーヌの一命を以てして、ひらにお願い申しあげます! なにとぞ、なにとぞご容赦を」


「……う、うん」


「もし、たぎる焦炎欲求を抑え切れないというのでございましたら、アグヌ(第三位焦炎魔法)程度でございましたら、どうぞこのマドリリーヌを的にしてくださっても結構ですので、なにとぞ、アグナーラだけはああああ!!」


「わ、わかったって言ってんだろ」


「どうぞ、わたくしを的にぃぃぃっ!」


「…………しねえから」


(嗚呼、これで魔界は救われましたわ。でも、なぜでございましょう。なにか物足りない……)




★★★★★




 私がラブレスになってから、もう二週間くらい経ちました。

 といっても、ここはずっと灰色の雲に覆われてるから、窓から外を見てるだけだと、昼と夜の違いがわかりません。なので、時間がめちゃくちゃ曖昧です。

 

 元の世界でも北欧とかはそういう時期があるとかテレビで見たような……極夜だっけ?

 だからといって、まったく時間がわからないわけではありません。


「「「「「――――――!!!!!」」」」」


 これを聞くと、耳がキーンってなります。

 私が起き上がると、自動で止まるんですよ、すごいでしょ?

 

 ベッド脇のテーブルにいる、まぶた付きの黒い目玉に羽が生えた気持ち悪い生き物が五匹、そろって瞬きしてきます。大きさは、ソフトボールぐらい。


「…………」


 せめて、ゲゲゲな感じぐらいの高音ボイスだったらまだしも、高音過ぎて聞こえないとかある?

 せめて聞こえる声出してよ! てか、口! どこ口? 口がない生物多すぎなのよ!


 この生き物は目覚まし時計みたいなものらしく、ずっとベッド脇のテーブルにいます。食事もしないし、ただそこで、朝になったらキーンって音を出すだけって動物虐待とかにならないよね?


 起きてからは、顔洗ったり、着替えたりしてると。


「「「「ギィヤアアアアァァァァァァァァァァ!!!」」」」


 あ、ほら聞こえてきた断末魔の叫び。

 これが、聞こえ始めたらだいたい朝なんですよ。

 最初はビクッてなったけど、これが聞こえた辺りから城が騒がしくなるから、ここでは鶏みたいなものなんだといまでは納得してます、はい。


 私はまだ部屋から出してもらえないので、マドリリーヌが朝食持ってくるまで超ヒマ。ってか、基本的に超ヒマ。だから、窓から外の景色眺めたりしてたんだけど、掃除してるとき、ベッドの下に大量の本を発見しました。


 それを読んでみたら、ほとんどわからない。

 

 まあ、当然なんだけど、書かれている文字は、ひらがなでもカタカナでも漢字でもアルファベットでもありません。


 でも、気づきました? 私()()()()って言ったんですよ。つまり、ちょっとは理解できるんです。


 まあ、普通に会話できたり、釣書が読める時点で、おかしいなとは思ってたんです。

 そこで、どうしてここの文字を少しとはいえ理解できるのかを、私なりに考えてみました。


 ここの文章は、二種類の文字と一種類の数字で構成されています。

 一つは、絵みたいなやつ。象形文字っていうのかな。これは、ほとんどわかりません。

 もう一つは、ほんとにもうわけわからないミミズが這ってる的なやつ。こっちは結構わかる。

 あと、数字は全部わかります。


 でも、ミミズみたいな方もそのほとんどは、元の私には、絶対わからないだろっていうのばっかり。

 

 そこで思ったんですけど、ラブレスがこっちの文字は知ってたから私にも読めるのかな、と。

 逆に、もう一種類の方は、ラブレスにも読めなかったから、私にもわからないんじゃないかと。


 とはいえ、それだとどうして言葉はわかるのに、ここの常識とか固有名詞はわからないのかって疑問が残るんだけど、それも自分なりに考察してみました。ええ、ヒマなんですよ、びっくりするくらい。


 たぶん、記憶は脳だけじゃなくて、精神とか魂にも残るんじゃないかな。

 ショートメモリとHDが内蔵されてるのが脳で、精神と魂はクラウドみたいな感じなのかも。だって、体が変わっても前の記憶がフルにあるんだから、魂から脳にダウンロードされたとしか思えないもん。

 で、ラブレスの脳にあった元の記憶は、私の記憶に上書きされた。でも、完全に上書きされたわけじゃなくて、言葉や文字の記憶は残ってるから脳も混乱してるってのが私の説。


 その証拠に、わかる方の文字を考えながら読むと、途中でゲシュタルト崩壊するんですよ。言葉にしても、自分が口にした言葉を日本語で考えると、途端にわけがわからなくなる。

 普段考えずにやってることを意識し出したら、急にギクシャクするときってない? 歩き方おかしくなったり。そう、あんな感じ。


 つまり、前の記憶が覚えてる文字でも、それをいまの記憶を通して読もうとすると、意味がわからなくなるってことみたいです。

 だから読書は、なるべく考えないように眺めるぐらいから始めてみたら、だんだんコツがわかってきたって感じです。

 

 こいつ、本当にヒマなんだなって思ったでしょ?

 はい、本当にヒマなんです。ネットも漫画もテレビもないんだよ! 生きててなにが楽しいの?

 『神剣幻舞』とか『なんちゃってLOVE』とか『部長が朝のエレベーターでいつも囁いてくるんです』とかの続きをもう読めないのかと思うと、リアルに涙出てくる……


 でも、いまはこの状況で楽しみを見つけるしかない。

 

 というわけで、最近は読書にハマってるんです。

 ずっと向き合っていたら慣れてきたし、お誂え向きに、難しい方の文字の単語を簡単な方の文字で引ける辞書みたいなのもあるので、時間かかるけど少しずつですが読めるようになってきてます。

 

 やっぱり、何事も基本からということで、いまは簡単な文字だけで書かれた魔法の指南書に夢中です。

 もういくつか使えるようになったのもあります。たぶん、元々ラブレスが使えてたんだと思う。だって、魔法の名前を口に出すだけで使えるんだもん。原理は謎だけど……


 昨日までは、ここの本のほとんどが魔法に関する本だというのは理解できましたっていうレベルだったんだけど、今日、マドリリーヌがめちゃくちゃ取り乱して、連呼してた『アグナーラ』って言葉を聞いた瞬間に、ほかの魔法みたいに、私にはその魔法が使えるってことが、なぜかすぐにわかった。


 これは、元の世界では経験したことがない感じだから、上手く説明できないのがもどかしい。指動かすのに、いちいち動かせるかな……とか考えないでしょ? そんな感じ。


 あの本は、ほとんど意味わからない上に、めちゃ分厚いから簡単に使えるような魔法じゃないっぽいんだけど、これもラブレスが使えたからだと思う。


 ということで、そろそろ眠くなってきたので寝ます。

 また、魔法のことわかったら報告しますね――




 ――って! 私さっきから誰に語りかけてんのよ! これもう、マジでヤバい子じゃん! 早くここから出してよおおおおおっ!

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