第三話
滅多に使用されることのない魔王城一階にある大広間は、荘厳な雰囲気に包まれていた。
二人から少し離れた場所でお見合いを見守るマドリリーヌは、会場の装飾をさっと確認し、にんまりと口元を緩める。
希少な焔悄岩の一枚岩を磨き上げて作られた流し食卓と、それを隔てて置かれた同じ素材の二脚の椅子。食卓を彩るのは、魔界中から集めた美味珍味の数々。果物籠には、滅多に取れないショウジョウの実が三つも盛られている。
四方の壁に設置されたギガントエイプの頭蓋に収められた巨大な蝋燭が、会場を仄暗く灯し、神秘的な雰囲気をより一層深くしていた。
(やはり、カンノーリダンジョン調を選んだわたくしの目に狂いはなかったようでございますわね)
それから、本日の賓客であるマグライムに目をやる。
(嗚呼、なんという情熱的な。まるでいまにも噴火しそうなほど滾ってらっしゃるご様子。姫の美貌を前にそのお気持ちわからなくはないですが……少々、お熱くなり過ぎじゃございませんこと? 食卓と椅子だけでなく食器もすべて焔悄岩製にしたのは我ながら英断でございました。
それにしましても、やはり無口な殿方を選んだのは正解でございましたわ。マグライム殿なら、無礼な発言で姫に消されることもないでしょうし)
そして、最後にラブレスを見た。
(まあまあ、姫さまったら。あんなに真剣に釣書をごらんになって! 文字を読むだけで吐き気がすると仰る姫さま用に、ご興味を引きそうな内容だけにしたのは、これまた正解でございましたわね)
あのラブレス姫をこの席に着かせることができただけでも、自分の役目を十二分に果たしたといえよう。加えて、頭を悩ませた采配が上手くいっている様子に、マドリリーヌは心底安堵した。
見合いの日取りが決まってから、ずっと部屋に幽閉されていた姫。
魔王直々の命により、部屋の周囲に三重の結界を張って、逃亡を未然に防いでいたのだ。
最初の数日は時折、怒声と結界を殴りつける轟音が部屋から響いていたが、最近はやけに静かだった。さすがの姫も事ここにおよび諦めたのではと一縷の望みを抱いて部屋に入ったのだが……
(心を鬼にしてきた甲斐がありましたわ。まさか、姫さまにも乙女心が芽生えるなんて)
ラブレスが生まれてからずっと侍従を務めているマドリリーヌの脳裏に、これまでの苦心惨憺の日々が過る――
生後すぐに、マドリリーヌの顔に唾を吐きかけた姫。
幼児期に、マドリリーヌの尻尾を切る味を覚え、それをベヒモスの餌にする楽しさも覚えた姫。
幼少期には、初めて覚えた魔法でマドリリーヌの髪を燃やし、よほど面白かったのか、一日中笑い続けお腹を壊した姫……etc
(嗚呼、姫! ラブレス姫さま! このマドリリーヌ、今日という日を迎えられて感無量にございますぅ!)
★★★
ぶっちゃけ、心のどこかで期待してました。
私の悪い癖は、中途半端に楽観的なところだと思う。
なにかイベントがあると、つい勝手な妄想を発展させてしまっている自分がいつもいる。
今回で言うと――
魔界のイケメン騎士さまがお見合い相手で、めちゃくちゃ溺愛されて、それを宮中の女たちに妬まれたらどうしよう、とか。
イケメンなのにすごく口が悪くて第一印象最悪なんだけど、なんでか私の立場を理解して味方になってくれてキューンっ、とか。
年下の子犬みたいな相手に懐かれて、弟みたいに思ってたら将来超イケメンに育っちゃって、ある日とつぜんトクンっ、とか。
ああ……私って、ほんとバカ……
__________
名前:マグライム
種族:ラヴァスライム
役職:魔王軍溶魔戦隊 隊長
生命力:1580
魔力:120
攻撃力:210
防御力:120
すばやさ:165
知力:60
運:80
経験値:28600
___________
なにこれ? 私、なに読まされてんの?
完全に想定外の世界観なんだけど!
恋愛フラグってこんな折れ方すんの!?
いや、わかるよ、こういうクエストな感じのやつ。嫌いじゃないから。でも、お見合いでこの情報いる? どこ評価すればいいの?
まあ、役職まではいいとして(よくないんだけど)それ以下よ。平均教えてよ。これ高いの、低いの? そもそも、この疑問自体どうなのッ!?
経験値だけ桁違いなんだけど……もしかして、修羅場潜ってきたってやつ? でも、ゲームだと、これ倒したら貰えるやつだよね?
どゆこと? だれ目線で読めばいいの?
……いや、もういいよ。
もはや、この数値はそんなに問題じゃない。
お見合い相手ってことは、将来の旦那さんってことでしょ。
目の前のコレ――なに?
ラヴァスライムって、なに!?
上半身しかないし、目とかただの穴じゃん! なんか体グツグツしてるしッ!
それに、
「――シュゴォォォォォ……」
ずっと、シュゴォォって言ってるんだけどッ!
言ってるのこれ? 音? 声? どっち!?
どうやってコミュニケーション取ればいいの?
とにかく熱気がすごい。椅子とかよく溶けないね。
あ、なんか食べ物取ろうとしてる――
ジュ!
ジュっていった! 今、ジュって音したよ! 蒸発してんじゃん!
食べれたの? 蒸気吸ったの?
あっ、そっか、マグマ+スライム=マグライムなんだ! なるほどっ、わかりやすい。
って、いやいやいや、納得したら負けでしょ!
どうすればいいのよ、この状況ぉ、めちゃ気まずいんだけど……
どうにかして断って、このお見合い終わらせないと。
でも、いきなり断ったら可哀想だよね。
この人(?)にだって、立場とかあるだろうし……
ああっ、こういうとき大人な自分が嫌になる!
…………こっちから、話しかけるべきかな?
話題、話題……絞り出せ、私にならできる。
婚活で鍛え上げた会話スキルを発動させるのよ。
「お仕事……じゃない……おい、仕事の話でもしろ、このマグマ野郎!」
「シュゴォォォォォ」
「…………」
「シュゴォォォォォ」
む、無視!?
え、なにこれ……姫なんでしょ私って! 無視とかしていいの?
もう、マドリリーヌ! 助けてよぉ。
でも、こっちから下手なこと言って怪しまれたらまずいし。
ここは視線で訴えるしかない!
「ッ!? 姫さま、如何なされましたか?」
見てたじゃん、察してよ!
「こ、こいつ、無口だな、クソ蛇女」
「まあ、姫さまったら、またご冗談を。スライム種の方は口がないので発話ができませんわ」
ほんとの意味での無口!
なにさらっと言ってくれちゃってんの?
なんで、こんなのとお見合いさせんのよ!
もしかして、本当に『見合う』だけってこと?
じゃあ、もう済んだじゃん! 切り上げていいですか?
ん? あれ……なんか頭に手を載せて俯いてるけど――あ~「面目ない」って感じだわこれ。喋れなくても聞こえてんだ。
なるほど、なるほど。って逆に気遣うんだけど。
なら、もうちょっと言葉かけてあげた方がいいか……婚活してたときも、無口な人いたし、そういうときの私のアプローチの仕方は――
「お前、勲章もらったんだって? や、やるなー、スライムの分際で!(表彰されるなんてすごいですね!)」
「シュゴォォォォォ……」
「た、隊長ってことは、苦労もそれなりにしたんだろうな、スライムのクセに!(課長さんなんですね~、管理職って責任重いし、大変そぉ~)」
「ジュゴオォォォォ……」
「こんだけ経験値高いってことは、修羅場も相当潜ってるみたいだな、スライム風情がっ!(色んな経験してる大人の男性って感じがします!)」
「ジュゴオオオオオオオオオオオオっ!!」
とにかく、褒め倒す。ってか、熱っ!
「い、いけませんわ、姫さま!」
「え?」
「マグライム殿が、形態異常を起こされています。医療班! 医療班を!」
け、形態異常……あっ、なんか溶けてる……
うわっ、なんかフードマントのゾンビっぽいのがいっぱい入ってきた。怖っ。
「……むむっ、これは!」
「先生、いったいマグライム殿になにが?」
先生って、医者だったのこのゾンビたち。
それよりも、マドリリーヌのこの慌てっぷり。私なんかしちゃったのかな?
「どうやら、マグライム殿は極度の興奮により気を失ってしまったようですな。それで形態維持ができなくったのでしょう」
「ま、まあ……なんということでございましょう」
「お見合い続行は不可能ですな。医療班の方で引き取りましょう」
ということで、思いがけず私のお見合いは終わった。
「――あれだけ姫さまから、お褒めの言葉をいただきましたら、殿方なら皆ああなってしまうのは無理もございませんわ」
私が褒め過ぎたせいで、マグライムは気を失って形を維持できなくなったらしい。どういう感情を抱いたらいいのかまったくわからない。
でも、こうなった時点で「姫の花婿候補には相応しくない」ってマドリリーヌは言った。
どうやら、アレとは結婚しなくて済みそう。
とにかく、いきなりのお見合いイベを切り抜けられて私はほっとしている。
でも、そうなると、色々と気になることが――というか、気にしなければならないことが、山積みなのに気付いた。
「姫さま、こんな結果に終わってしまい、申し訳ございません。このマドリリーヌの不徳のいたすところでございますわ」
私はなんでこのラブレスになってるのか? 元に戻る方法はあるのか? ないなら、これからどう過ごしていくべきか?
「あれほどまでにマグライム殿が柔な方だとは。――次の方は、必ずやもっとしっかりした方を選ばせていただきます」
ん? 次の方?
「――まだやるの、これ?」
「もちろんでございますわ。姫さまの伴侶がお決まりになるまで、このマドリリーヌ、身命を賭す覚悟にございます」
思わず普段の話し方をしてしまう私にマドリリーヌは頓着せず、両手を前で揃えて深く頭を下げてきた。