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第二話

 姫の仕度を無事に済ませることができたマドリリーヌは、主人を伴ってお見合い会場である一階大広間へと向かう。

 が、その顔はどこか浮かない。

 ラブレスがマドリリーヌをからかうのは日常茶飯事ではあるが、今日はまた一段と酷いからだ。


 なにかの腹いせに尻尾を切ってきたり、廊下の角を曲がったところでアグヌ(第三位焦炎魔法)の的にしてきたり、上司から呼ばれ急いでいるときに、マドリリーヌが耐性のないフェラム(麻痺魔法)をかけてきたり、といういつもの悪戯が可愛く思えるぐらい様子がおかしい。

 特に、普段なら何事にもゴネる姫が、今日はやけに大人しく従ってくれているのも気になる。


(お(ぐし)を直していたときも、鏡を見てうっとりとされておられましたわね……)

 

 かつて、面倒だから髪を全部切り落とすと乱心された折、必死の嘆願の末どうにか事なきを得たことがあった。

 姫が自身の姿を見て満足そうにしているなど、俄かに信じられない。

 よもや下々と同じことをするのをことさらに嫌悪している姫に限って、昨今、若者のあいだで流行っているという、自身にフェビル(錯乱魔法)をかけて善行を行うだとかいう謎の遊びに興じているということはないだろうが……


(こんな状態でお見合いをして大丈夫なのでございましょうか――ッ!?)


 刹那。

 マドリリーヌはすべてを察し、思わず下半身を止めてしまう。


(いやですわ……わたくしったら、なんと愚かなのでございましょう)


 今日は初めての見合いの日。

 あれほど嫌がっていたとはいえ、実際にこの日を迎え、とうとう姫にも女としての本能が芽生えた――そう考えれば辻褄が合う。


(殿方にどのように見られるかが気になり、こうやって大人しくされているのでございますわね。嗚呼、なんという健気さ! わかりますわ、姫さま。わたくしにも斯様な時期がございましたから……そう、あれは、わたくしがまだなにも知らないねんねの頃、むくつけき鬼人族の――)


「あ、あのー」

 

「はふんっ!」


 ありし日の黒春に思いを馳せているところを、背後から声をかけられ、マドリリーヌは瞬時に両腕を交差させて頭部を守った。

 

 そして、いつもの心的外傷(トラウマ)が押し寄せてくる。


「ももももも、申し訳ございましぇぇぇぇん!」


 マドリリーヌの情けない声が廊下に響き渡る。

 予期した痛みが来ずそーっと後ろを振り返ると、姫がまるで得体の知れない生物を見るような視線を向けていた。


「えと、お見合いの相手ってどんな人なんだろうと思いまして……」


 即座に醜態を取り繕い、マドリリーヌは背筋を伸ばし、咳払いを一つ。


「ひ、姫さま、僭越ながら申し上げさせていただきます」


 そこで言葉を切り、姫から殺気を感じないのを確かめてから、マドリリーヌは続ける。


「お見合いという大事を前にいろいろと思われるところはございましょうが、無理をされてまで話し方を変える必要はございませんわ。姫さまのお人柄は広く魔界に知れ渡っておりますので、斯様な口吻は相手方に巫山戯(ふざけ)ていると捉えられかねません。お控えになった方がよろしゅうございます」

 

「……そ、そうね。ちょっと緊張しちゃって混乱してるみたい。えーと、普段ってどんな話し方でしたっけ?」


 姫がこんな繊細な一面を見せたことは、これまで一度もなかった。とはいえ、女の一生が決まる大事を前に、年若い姫が混乱されるのも無理はない――マドリリーヌはそう考えた。いや、そう考えなければ、なにか自分を納得させる理由を見出さなければ、この破天荒な主人の侍女など務まらない。


「いつもの姫さまならば、もっと殿方のようにお話しになりますし、基本、命令口調でございます。あと、ご自分のことは『私』ではなく『俺』と仰いますわ。加えまして、口をお開きになった際には、必ず一つは暴言を吐かれます」


「…………そうだったな、――――蛇ババア」


「それでこそ姫さまですわ」


 若干様子はおかしいが、少し調子を取り戻した姫を見て、マドリリーヌは顔を綻ばせた。


「先日もお伝え申し上げましたとおり、本日のお相手は、魔王軍溶魔戦隊隊長を務められておられるマグライム閣下でございます」




★★




 日本から来たことがバレるとすごく面倒なことになりそうだと察したので、とりあえずこのラブレスになりきることに決めた。

 

 マドリリーヌが部屋で言ってた『マレビト』というのは、私のいた世界、日本から来た人たちに間違いなさそうだし、こんな怖そうな人(?)たちに、正体がバレたらなにをされるかわかったもんじゃない。


 どうやら、私は悪役の方に転生?したみたいです。しかも、魔界の姫。

 どうせなら不遇でもいいから聖女さまとかがよかった……


 とは思わない。

 なぜなら――


 ぶっちゃけ、鏡で自分の姿見て、テンション爆上がりしたから!


 コスしたいな~とは思ったことあったけど、ヲタバレが怖くてハロウィンの時ですら大人ぶって避けてきたんだよね〜。


 でも、どうやら私は、人生の貴重な時間を無駄にしていたらしい。


 悪魔っ娘ヤバい、かわよ過ぎる! 

 このラブレスって娘、小顔でデカ目で鼻筋通っててスタイルも超イイもん! 紫系の髪色と瞳ってのはあんま好みじゃないけど、それ差し引いてもお釣り来るぐらい可愛い!


 あ~、もう! 変身いいじゃん! なんか一気にこの世界のことが好きになれた気がする。もはや、魔王の娘でもなんでもいいってぐらい。

 

 とはいっても、手放しで浮かれてはいられない。

 

 このラブレスはかなり口が悪かったみたいで、あと、たぶんだけどめちゃビビられてる。

 近々の問題は、私がこの娘になりきれるかどうか。

 見た目にそぐわない俺っ子キャラに、口開いたら暴言とかマジでハードル高い。私、年下にだって基本は敬語なタイプなのに。

 

 まあ、いまはそういうのはとりあえず横に置いといて、


「――こうして人間界の北方に進軍したマグライム閣下は、愚昧なる人間どもに壊滅的打撃を与えた功を讃えられ、陛下直々に第一等栄誉勲章を賜ったのでございます」


 まずは、このお見合いを乗り切らないと。

 

「そ、そうか。すご――やるじゃねーか、その、そのクソ!」


 悪口の語彙力よ。


「姫さまから斯様な賛辞を受ければ、マグライム閣下も一層奮起されることでございましょう」


 そう言って、恭しく頭を下げてくるマドリリーヌ。


「ところで、そのマグライムっていうゴミはどんな見た目なんだ?」


「申し上げにくいのですが、殿方のお人柄については会ってからご自身で判断させるようにと、陛下より申し付けられておりますので……」


 陛下=王様=この姫のお父さん。つまり魔王ってことだよね。逆らったらヤバそう。


「そ、そうか。あのジジイめ。余計な気を回しやがって」


「まあっ、姫さまったら! 陛下のことを「ジジイ」だなんて! お口が過ぎますわ!」


 えぇぇ……加減むっず~。


「陛下は、事前に殿方のことをお知りになれば、姫さまが逃げ出されるのではと憂慮なされたのでございます」


 あ~、そゆこと。

 やっぱり、マドリリーヌの態度や話から察するに、この娘、見た目は神レベルで可愛いのに、中身はまったく女子って感じじゃないのだろう。

 確かに部屋はめちゃくちゃ散らかってたし、棚に未知の生物の頭蓋骨いっぱい陳列してたもんね……


「ご心配なされずとも、お席の方に『釣書』をご用意しておりますので、それをご覧になればお相手のことは十全にご理解いただけますわ」


 へ~、釣書って確かプロフィールみたいなやつのことだよね。こっちにもそういうのあるんだ。


 でもやっぱ、お見合いってなんか古風。

 マッチングアプリとか婚活サイトとかなら、ネットでサクッとプロフィールも顔も確認できるのに。情報なしで会うとか無駄に緊張する――


 って、あれ? 私さっきから落ち着き過ぎてない?

 こんな可愛い姿に変われてこの世界もいいなと浮かれてはいる。だけど、元の私は図体の割にかなり人見知りだし、それに超あがり症のはずなんだけど……

 社会人になってからは、人前で話すときなんかは、心音が体に響いてんじゃないのってぐらい動悸が激しくなってた。

 一年付き合った彼氏と会う時ですら、前日はほとんど寝れず、いざ会っても手汗ぐちょりなんてのはざらだったのに……


 理由もわからず意味不明な世界に転移させられた上に、よくやってたゲームのキャラでもない見ず知らずの悪魔っ娘になってて、そんでいきなりお見合いさせられようとしてるのに、さっきからこの余裕はなんなの?

 

 と、胸に手を当てるいつものやり方で緊張度を測定してみる。


 ドクン


 ん?


 ドクン、ドクン


 あ、そうか、この娘――


 ドクンドクン、ドクンドクン


 心臓、二つあるんだ……


「さあ、姫さま、どうぞお入りくださいませ。マグライム殿はすでにお着きでございますわ」


 マドリリーヌが細かい意匠を凝らした大きな木製の扉を開くと、ずらっと並んだ見たこともない異形のメイドたちが頭を下げていた。

 私はどう振る舞うべきか困惑しながらも、お見合い会場に足を踏みいれた。

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