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第一話

 今日も空は暗雲に覆われ、空気はほどよく淀んでいる。

 喧噪の中、どこからともなく聞こえてきた死霊の叫びを耳にしたマドリリーヌは、回廊を急いでいた下半身を止め、屋外に目を向けた。


「なんというお見合い日和でございましょう」


 ここは、魔王城ヘルヘルム。

 普段はまがまがしい様相を呈しているこの城が、今日は珍しくにぎやかな雰囲気に包まれている。

 厨房を飛び交うせわしない怒声。

 大広間から聞こえてくる侍女たちが上げる笑い声。

 魔獣たちは、空気を読んでいるのか、いつになく大人しい。


「はっ! わたくしとしたことが。いけませんわよ、マドリリーヌ!」

 

 マドリリーヌは思わず感慨に耽った己を叱咤してから再び先を急ぐと、魔王女の居室の前で止まり息を整えてからドアを叩いた。

 

「おはようございます、ラブレスさま。お召替えのお手伝いに参りました」

 

 返事がない。どうやらまだ眠っているようだ。

 不快音波を発する小型魔獣を五匹設置しても起きない主人を、毎朝起こすのは並大抵のことではない。

 それでなくてもここ最近は、大暴れして大変だったのだ。本音を言えば不機嫌であろう姫を慮り、時間をおいて出直したいところだが、今日に限ってはそうもいかない。


「姫さま、姫さま!」


 やはり返事がない。どうやら深く眠っているようだ。

 覚悟を決め、首にかけた結界中和ペンダントを片手で握りながら、ドアノブにもう一方の手をかけた。


「失礼いたします――まあっ!!」


 目覚まし魔獣の不快音波の中、あられもない姿で床に寝伏している姫を見て、マドリリーヌは思わず口に手を当てる。


「なんという……はしたない。姫さま! そんなお姿で……」


 音波を止めさせてから、ピクリともしない主人に視線を戻し、マドリリーヌはふと逡巡した。

 ここは体を揺さぶってでも起こした方がよい。しかし、それにはドアを無断で開けるよりも覚悟が求められる。

 

「ここは腹を括るしかございませんわね……嗚呼、さようなら、わたくしの尻尾……」


 マドリリーヌは姫の傍に屈むと、息を深く吸い込み、えいやっとその体を揺さぶった。


「姫、姫さま、起きてくださいま――ッ!?」


 寝返りを打ち覚醒したラブレスと目が合った瞬間、マドリリーヌは次に来る攻撃に備え腕を交差させた。

 しかし、なにも起こらない。どうやら杞憂だったようだと、腕を下ろそうとしたとき、


「へ、なに? だれ? ――ひぃっ!!」


「ひぃっ!!」


 寝ぼけ眼で部屋を見回したラブレスが、マドリリーヌを見て引きつった声を出した。それに驚いたマドリリーヌは、再び身構える。


「な、なんなの? 夢、なの……?」


 どうやら寝ぼけているだけだと察し、防御を解き両手を前で揃えた。


「おはようございます。本日は大事なお見合いの日にございます。ささ、早くお召し物を」


 あたかも得体の知れないものでも見るような目でマドリリーヌを眺めてから、姫はやにむに立ち上がると、窓辺へと走り、深紅の重厚なカーテンを勢いよく開いた。


「嘘……」


 呟きの意味が汲み取れず、マドリリーヌは開き切らなかったカーテンを端まで寄せてから、横顔を覗き込んだ。


(まるで、初めてこの世界を見るような眼差しで外を眺めていらっしゃる)


 何事にも臆することのない豪胆な主人には珍しく、その表情には、目に見える狼狽の色があった。


「……もう笑うしかないよね」


 そう姫が乾いた声で笑った刹那、マドリリーヌは全てを察する。

 

 姫はここ最近、勇者どもの跳梁を気にされていた。

 加えて、今日のお見合い。さすがの姫も、不安が嵩じるあまり昨夜はよく眠れなかったに違いない。きっと、眠りについてからも、彼奴(きゃつ)らがこの城に攻め入ってくるという()()でも見ていたのだろう。


(夢と現実の区別が付かず、安堵なされたご自分が可笑しかったのでございますね……)


「姫さま、ご安心くださいませ。新たな勇者は、まだこのヘルヘルムには至っておりません」


「……ひ、姫?」


彼奴(きゃつ)らの侵攻を止めるは魔王軍の責務。まだ、姫さまがお心を悩ますような段階ではございませんわ」


「なっ、え?」


「差し出がましくも敢えて諫言させていただきます。姫さまがいまなされるべきは、ヘルヘルムの未来を盤石にすること――つまり、伴侶を得てお世継ぎをお産みになることかと存じます」


「…………は、はい?」









 こういうことに理解はある方だとは思う。


 私のスマホには、ファッション関係や料理関係の女子力高めのアプリが並んでいた。でも、最後のページ一番右下のフォルダーにまとめていたパンドラの箱(私の秘密)。そこにこそ、スマホ使用時間の大半を費やす本命たちを潜ませていた。

 

 そう。

 明け透けにアニメやゲームの話をしている会社の若い子たちを、羨望の眼差しで眺めながら、私は大人の女を装って生きてきたのです。


 だから、目の前の現象を割と早く理解することはできた――理解はできたんだけども、


「姫さま? 如何なされたのでございましょう?」


 ただ、


「お顔色が優れないようでございますが?」


 リアル過ぎて、怖いッ!

 この人(?)なんか、上半身は黒髪ロングで、目鼻立ちくっきりのクールビューティー系なんだけど、下半身、なにこれ? 蛇? デカいし、ヌメっとしてて見てたら鳥肌立つんだけど……

 

 先に自分の顔色心配した方がいいよってぐらい顔色悪いし、なんか陶磁器みたいな……起き抜けに見てお尻浮いたもん。


 え、でも、待って。こういうときって(文献(まんが)によると)もっとすんなり状況受け止めれるよね……いや、ムリ、ムリムリムリムリ! 理解はするけど、気持ち悪すぎて受け入れるのはムリ! リアルエグいって。


「姫さま、とにかくお召し物を……」


 言われて、ようやく自分が全裸だと気づいた。


「ひゃっ!」


 反射的に屈んで己のコンプレックスの塊を隠そうとしたら、ぐっと背中を後ろに引っ張られる感覚が。

 恐るおそる振り向くと、――羽? デカいこうもり的な羽が背中から生えてる。


「ささ、遊んでらっしゃらずに早くお支度を。もうお相手の方がいらっしゃいますわ」


「お、お相手? ゴホ……んっ、んんっ」


 あれ? なんか声が変。

 

「ええ、先程も申し上げたとおり、本日はお見合いの日にございます。もう、何度もお伝えしたはずですが」


 ちょちょちょ、待って待って。展開早すぎるって。まだ、なに一つ納得してないんだけど!


「……あなた、だれなんですか?」


「ひ、姫さまっ!」


 爬虫類みたいなスリット状の瞳が収まった黄色い眼がクワッと見開かれる。怖っ。


「ご冗談が過ぎますわ。ラブレスさまがお生まれになってからずっと侍従を務めておりますこのマドリリーヌに、だれ? だなんて。それに()()()()()()()()。近頃はそういう遊びが流行っておいでなのでございますか?」


「いや、違うくて。ここはどこなんですか?」

 

「…………まあ! 『ここはどこ?』だなんて、まるであの忌々しい『マレビト』のようではございませんか。うふっ」


 このマドリリーヌという生物は、私が遊んでいるとでも思ったのか、急に楽し気な雰囲気になる。


「ま、マレビト……?」


「ええ、あの愚かな勇者たちのように『にほん』という異界からやって来た者たちでございますわ。わたくし、彼奴らの異様な姿を想像するだけで鳥肌が立ちますの。おおっ、悍ましや!」


 マドリリーヌはわざとらしくぶるっと身体を震わせた。


「ささ、ご冗談はその辺にして、お召し物を。斯様なお姿で窓辺にお立ちになっていては、下々の者が大騒ぎしますわ」


 情報が処理しきれず唖然としていたら、マドリリーヌが姿見を私の正面に持ってきた。


「ッ!?」


 鏡に映った自分を見て、喉がゴクリと鳴るのがわかった。


 モデルみたいな小さな顔。

 寝癖は付いてるけど、キレイな艶のある長いバイオレットの髪。それと同じ色の瞳の眼に添うナチュラルカールの長いまつ毛。

 色気のあるほどよい分厚さの唇。

 瑕一つないぬけるような白い肌、形の整った胸、冗談みたいなくびれ。

 均整の取れた完璧な八頭身……

 そして、頭からにゅうっと生えてる二本のツノと背中の黒い羽。


 鏡に映った自分の姿を見て、私は確信した。

 ここは、紛うことなき異世界なんだと。

 でも、同時に新たな疑問が生じた。


 なにこれ? 転生? 転移? いきなり姿変わってるから――転身?

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