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プロローグ

今日から投稿します。

よろしくお願いします。

「――だと思うし、前にも言ってたことあるだろ? だから――」


 男らしさってなんだろうって思う。


「あのときもそうだったし、俺の友達と出かけたときなんか――」


 急ブレーキかけたとき、助手席の私がつんのめらないように手を出してくれるとか?

 歩道側を歩かないように気を遣ってくれたりとか?

 買い物で荷物を持ってくれるとか?

 ふくらはぎとか?

 二の腕とか?

 顎とか?

 

「やっぱりそうなっただろ? 正直かなり我慢してた。もっと役子(ゆきこ)も自分を――」


 結局、どれもその人の好みだと思う。男らしさを測る物差しなんてどこにもないんだ。

 

 けど、


「あ、ちなみにこれ俺一人の意見じゃないから――」


 少なくとも、


「やっぱり、お互いの生活が、いまはそういう時期じゃないんだと思う――」


 私に一つ言えるのは、


「だから、いったん結婚の話は白紙に戻したい」


 婚約解消の前置きを、ニ十分以上もペラペラペラペラしゃべるなんてヤツは、絶対に男らしくない!!

 いったんって何だよ、いったんって!


 


 私の名前は、脇毛役子(わきげゆきこ)

 もし、婚約者にフラれたてほやほやじゃなくて、結婚適齢期を過ぎていなければ、いたって普通のOL――


 いや、ごめん、違った。

 結婚しない限り、私はぜったい普通にはなれないんだった……


 


「――だから、言ってんじゃん! もう別れたの!」


「え~、なんでよ。今回はお母さんすごく期待してたのに」


「挨拶にも来ないから、俺はこんなことになるだろうと思っていた」


「今時は普通よそんなの。もらってくれるなら挨拶なんていいじゃない」


「俺はそういうヤツは信用できん。いいか、ユキ。次は婿養子でもいいって男を選べ」


「バカね~、お父さん。選んでばかりだといつまで経っても相手なんて見つから――」


 そこで一方的に電話を切った。娘が傷心なのに、わざわざスピーカーにしてまで勝手なことを言い合わないでほしい。

 

 一人娘が可愛いのか、父親はやたらと婿養子を取れと言ってくるけど、婿養子なんて無理に決まってる。うちは、普通のサラリーマン家庭で、資産家でもなんでもない。

 だいたい、いつになったら我が家の苗字がおかしいってこと自覚すんのあの人?

 

 脇毛だよ。わ・き・げ! こんな苗字になりたい人なんてこの世にいるわけがない。

 

 生まれながらに背負ったこの十字架のおかげで、どれだけ苦労してきたことか。

 学生時代はずっと嘲笑の的にされ、社会に出てからは嘲笑だけでなく同情まで付いてくる。

 

 まあ、世の中には、下毛(しもう)さん、金玉(きんぎょく)さん、工口(こうぐち)さんとか、会ったら友達になれそうな苗字の人たちも存在するらしいけど、下毛さんにいたってはBFF確定だろとも思うけどっ、


 脇毛(わきげ)は、ストレートすぎんのよッ!

 

 昔は、頑張って笑いに変えたりして、なんとか前向きになれてたけど、女性らしくあることが求められる大人の社会で、その努力は痛々しく映ったらしく、次第に朗笑は苦笑に変わっていった。

 私の前だと腫れ物に触るみたいな感じなのに、陰ではネタにして笑う同僚たち。まあ、その笑い声の澄み切っていたこと。

 私はどんどん萎縮していき、いつの間にか人の目ばかり気にするようになってしまった……

 

 それでも……それでもッ! 結婚だけはしようって、せめて子供には苗字で苦労してほしくないって、本気で婚活頑張ったんだ。

 

 うん、やり切った。やり切ったんだよ。人生で、あんなに努力したことないもん……

 

 そうだ、きっとこの経験が私の宝になる。

 そうだよ、うん。やっぱ人生ポジティブにいかないとね。だから、ぜんぜん大丈夫。別にあの人のことなんて好きでもなんでもなかったし。苗字変えたかっただけだし。


 そうだそうだ、苗字の苦労に比べたら、フラれたぐらい余裕だね。さ、お風呂入ろ。


    


 ああ、なんてみすぼらしい身体……

 私は、自分の見た目も大嫌い。

 のっぺりした2Dな顔立ちに可愛げのない一重瞼。女性らしい起伏を欠いた体は、無駄に高い身長のせいで、目立ちたくないのに目立ってしまう。せめてもの女らしさを担うべき肩まである髪も、年々艶が失われていく……ヤバい、カラーしに行かなきゃ。


「……アラスカの針葉樹、か」


 いま思うと独特なセンスのある男子に、中学のとき付けられたあだ名。安易にワキゲ弄りに走らない点は、素直に評価したい。

 

 ああっ、神さまは不公平だ! こんな苗字にするなら、バランス取るために、見た目くらいサービスしてくれてもいいのに。


 二人で外食してるとき可愛いタイプの女子が店内にいると、あの人はさりげなくちらちらと見る癖があった。どうせなら堂々と言ってくれた方が、惨めな気持ちにならずに済んだのに……

 うえっ、バスソルトの買い置き持って入るの忘れてた。……もういいや。



 

 ほふぅ……

 別にメロメロというわけではなかった。ただ、未来を妄想してしまったんだ。この人ならきっとって、期待しちゃだめなのにしてしまった。


 三十路前の女が、婚活という荒波を乗り越えようやく手に入れた希望。期待して悪い? するよそりゃ! 一年付き合ったし!

 

 年を追うごとに増えていく結婚式の招待状。

 親からの着信。

 エンカウント率高めの幸せそうな同年代の家族モンスターたち。

 日に日に増していく社会からの呪い(プレッシャー)


 うん、私頑張った。ちゃんとしようとした。

 そうだ、子供のためなんかじゃない。私は社会に適応しようとしたんだ。


 あれ? なんだか目頭が熱い。

 お風呂の温度高すぎたかな?

 

 違う……私、泣いてるんだ。


 うん、頑張ったんだもん。努力が報われなかったら悲しいよね。ただ、それだけ。だから、もういいの。また明日から待つだけの日々――小説や漫画みたいなシチュを妄想する日々に戻っても。

 

 私は現実で、まともであろうと、やれるだけのことはやったんだから。

 

『だから、いったん結婚の話は白紙に戻したい』

 

 ぁぁぁあああああああっ!

 やっぱ無理ぃ~~~~~~っ!

 耐えられないよぉ~~~~~っ!

 

 あ~~~~~、もうっ……


「こんな世界にいたくないっ!!」


『――ヒッタ! オムサーテクロッパ』


 え、なに? いま声した? 

 なんか湯船が光って――なにこれ! ちょ、ちょっと、待って――

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