ミステリーのたまご買い取ります
20世紀のロンドン。ウエスト・エンドの一角にあるアパートの1階に、私が求めるそのお店はあった。
看板にはディアストーカーハットを被り、パイプをくわえた男性の姿が描かれている。表札はシーゲルソン。そこまで確認して、私は扉を数回ノックした。
すぐに中から「開いてるよ」と、年老いた男性の声が聞こえた。
「こんにちは。エマと申しますが、シーゲルソンさんはいらっしゃいますか?」
屋内へと入り、扉を後ろ手に閉めながら奥の方へ向かって声を掛けるが、返事は無い。その事に訝しみながらも、ゆっくりと奥へ進むと、壁一面ぎっしりと本が詰まった本棚の並ぶリビングがあった。
「いらっしゃいお嬢さん。どんなミステリーをお望みかな?」
一冊の本を片手に持った老紳士が、カウンターに身体をもたれ掛けながら興味深そうに私の方を見た。何もかも見透かされてしまいそうなその瞳に見つめられて、自然と緊張が走る。
「ふむ。そんなに緊張するところを見るとお嬢さんはワケありだね。……いいだろう。とびきりのやつを紹介しよう」
「まだ何も言ってないのに、どうしてそんなこと分かるんですか?」
怪訝そうな私の問いに、老紳士の眉がクイッと上がる。
「ここの売り物はミステリー。大勢の問題を抱えた人たちが訪れる。大半は助けを求める者ばかりだが、君はそれを利用しようとしている。何か大きな目的でもあるのかな?」
探偵ならこれくらい基本だよと言わんばかりに、老紳士がウィンクする。
「……3ヶ月前、親友だと思ってた子が突然失踪したの。そのすぐ後、その子は蒸気機関車爆破事件のテロリスト達と一緒にいるところを目撃された。どうしてそんなことをしたのかは分からないけど、私は彼女を止めたい。凶悪なテロリスト達から取り戻したい。そのために、あなたが蒐集するミステリーを買い取らせてほしいの!」
どんな隠し事をしてもこの老紳士には無駄だ。そう確信した私は、ここへ来た理由を一気にまくし立てた。
「なるほど。テロリストに繋がる情報を求めているのか。君は探偵……いや、君そのものがミステリーのたまごと言うべきか――気に入った! そのミステリー私が買おうじゃないか」
言葉の意味が分からずぽかんとしていると、老紳士は私の手を取り、
「安心したまえ。数々の難事件を解決してきた私がお供しよう」
数分後、私はチェックのディアストーカーハットを被り、パイプをくわえた老紳士と共に、ロンドンの街へと飛び出した。