伽羅の王子
王城のとある部屋に軽快なリズムでカンカンと金属製の何かを打つ音がしていた。
その音がピタリと止み、少し癖のある声がした。
「ケイリル殿下、出来やしたよー。」
「うん、ありがとー、」
乳兄弟、従者として共に育ってきたマイケルは手のひらサイズの金属製の箱をケイリルに渡した。
箱と言っても厚みは1cmにも満たない薄いもので、大きさは掌大だ。手先の器用なマイケルはケイリルに言われるがまま箱にカチッと合う蓋も作っていた。マイケルは錬成の固有魔法を持っており、貴金属の錬成が得意である。そのマイケルがケイリルの指導の下生み出した金属は熱伝導、魔力伝導に優れ、錆びにくい金属として昨今のラーネポリア王国における魔道具の部品として主流になっている。物質の解析、分解、構築魔法を得意とするケイリルにとっても嬉しい代物であった。
「うん、いいね!じゃあ、この蓋のこの辺にこの魔石を取り付けられるようにして。ボクはこっちの作業をするから。」
ケイリルは蓋をマイケルに渡し、受け取ったブリキの箱に小さな魔石を敷き詰めていった。白っぽい魔石は大きくても小指の爪半分ほどで後は砂粒程小さいものまで様々だった。それらの魔石を均等に敷き詰め、脇に置いてあった瓶を手に取る。
「で、今度は何を作ってるんです?って、それは、スライムですか?」
透明のトロリとした物体が瓶に入っていた。
「そ、魔素の抜けたただの脱け殻スライム。ただいま、コレの有効活用思案中で、ちょっと思い付いたんだ。」
魔素とは、自然、物体、魔物の中に宿る魔力のことで、対象が人類となると『魔力』に名前が変わる。
「でも、核割れスライムって掃除道具以外に使い道がなくて、核なしスライムは食用にしか使い道なかったけど、保温冷機能のあるコップに使って有効利用して陛下に褒められて益を得たでしょ?」
夏場に増殖するスライムは核を抜き、ゼリー状の物質に含まれた魔素を抜けばつるんとした食感が爽やかな食材となり、壊した核はそのままに、瘴気となった魔素だけ抜けばゴミ等を吸収する掃除道具に使える便利な魔物である。ただ、あくまでも核を壊しているためいずれ貯蓄消化出来ないゴミが出来てくるため、下水道などには魔術で作った支配領域に捕えたスライムを放って処理をしてもらっている。スライムのレベルが上がり過ぎないよう管理するのと、魔術陣の書き換えることは魔法省上下水道局の重要な仕事となっている。
ケイリルが昨年世に出したコップは二重構造の外側をガラス、内側は金属で作ったものだ。その構造を成すためにマイケルはかなりこき使われた思い出があった。2つの素材をくっつけるのではなく、重ねて隙間を空けろと言われ、様々な間隔が出来るものを沢山作った。構造が逆転したものも作らされた。ケイリルはその隙間に水で固まる砂に砂粒ほどに小さな魔石を混ぜて充填した。二重構造にしたことで、冷たいものを注げば金属に伝わった熱が砂粒魔石に伝わり、普通のコップより長く冷たく、温かいものを注げば、長く保温できるようになった。充填する砂粒魔石の量で保温冷時間は変化するが充填させた砂が重く、か弱い母上やばあやには若干不評だった。砂の色を変えたりの工夫はしてみたが、美的には不満の残る出来で、冷たいエールをグビッといきたい者達にのみ好評だった。
「あのコップは、タクリオの魔法錬成がなくちゃ成り立たなかったから。それに、もうちょい美的センスが欲しかったよね、熱伝導を考えて金属での二重構造にしたら、無骨過ぎたから、外側をガラスにしたけどさ、ガラスの二重構造にして、砂粒魔石に色付けたやつを核なしスライムに混ぜて、隙間に充填しても良かったかなって。そっちの方は研究所の人達がやってくれてる。それにしてもさ、スライムの方が砂より質量が軽いなんてことなんで忘れてたかなぁ、」
一気に言われても、マイケルの処理能力では少しばかり時間を要した。
魔石には主に二種類ある。一つは魔物が肉体を失った時に採れるもので、例えば火属性の魔物からは火属性の魔石がとれる。すべての魔物が魔石を持っている訳でなく、魔石を持つ魔物はダンジョンの方が多いとされている。大きさは様々で各種様々な魔道具に用いられている。もう一種類は、自然界からとれる魔石である。自然が発するエネルギーを永い年月かけて取り込んだ無属性の魔石である。こちらは、大きさも米粒大からせいぜい親指の爪程である。無属性魔石は“神の恩恵”と呼ばれ滅多に出土しない。永い年月をかけて生成される石と言えば宝石があるが、人々の目や欲を満たす宝石には魔力はない。魔力を内包する宝石が存在する確率は千分の一ほどであるが大抵は魅了魔法などの精神感応系である。稀に宝石に魔法や魔術を用いて魔力を付加することもあるが、魔力が尽きると宝石の輝きは失われただの石になってしまうので注意を要することだ。
神の恩恵と呼ばれる魔石の代表格と言えばラーネポリア、魔界、妖精界にある“要石”のこととなる。魔物由来ではない魔石は小指の爪程の大きさでも高値で取り引きされているがその三つの魔石は大人が五人手を伸ばして漸く輪を作ることが出来るほどの大きさである。
この世界の創世記に神より与えられたものとの記述があるだけで未だに研究が続けられている。
神の恩恵と呼ばれる魔石は無属性であり、何モノにも染まることがない。純粋な魔力の塊である。身に付けておくだけで魔力の補充をしてくれたり、対象者を瘴気から守り浄化してくれる。対厄災限定だが、厄災に巻き込まれても一度だけ命を救ってくれると言われている、ありがたいものである。
また、教会で取り扱われている守護符に書かれている文字には砂粒程に細かい神の恩恵が混ぜられた墨が使われている。値段的なことを言えばピンきりであるが、多くの布施が出来ない庶民でも購入できる値段には設定されている。効果が強いもの程高価で、神への祈りさえ続けていれば守護の力は半永久的に持続される。
一方、魔物から取れた魔石は、魔物の属性と同じ属性が石に宿る。魔法が得意な者にとっては強化に役立つ。魔石の魔力が枯渇しないよう適度に魔力注入が必要で、大きさや魔物の強さによっては扱いを間違えると砂粒ほどに砕かれてしまうので扱いには慎重を要する。
魔物から採れた魔石のデメリットとしては、手順を守らず、放置すると魔素を取り込むためにあらゆる生き物の生命エネルギー(魔力、魔素)を吸収し、周囲の環境を破壊してしまうことである。これは特に厄災関連で得た魔石に顕著である。
厄災関連で討伐して得た魔石は、魔素を吸収し始めた頃に封印の施された袋や箱にいれて置くか、抵抗と言う魔法か魔術を扱えないと限りなくエネルギーを吸い上げるため命さえ危うい。放置されどんどんと魔素を吸い上げた魔石はいずれ元の魔物の姿を取り戻す。しかも、討伐された時よりも強い魔物として甦るため、厄災で現れたハグレモノの数が多くなれば倒した後の魔石回収はかなりの労力を要する。
因みに、厄災におけるハグレモノやダンジョン以外で討伐された魔物は滅多に魔石を持たず、ダンジョンで倒されてドロップする魔石には二次被害的な要素はない。
「ここに入れた魔石と砂粒魔石は、浄化が追い付かない神殿から貰ってきたやつで、さっきショーセに浄化してもらって、電属性を付与してもらったんだ。」
一度浄化された魔石は其までに所持していた属性を持ってはいるが自身の保有する魔力より強い魔力を注入されると属性が変化する。今回、ケイリルは集めた魔石をまとめて浄化してもらった後に雷属性の魔力を注入し属性を変化させた。
「容赦なくショーセ殿下を使って…母君にまた怒られますよ。」
「強い魔石じゃないし、大丈夫でしょ。倒れてないし。」
ハグレモノから得た魔石には聖魔法による浄化が必須でケイリルの弟であるショーセ第八王子は聖魔法属性を持つ稀有な存在である。
ダンジョンで得たり、討伐した魔物から排出される魔石の多くは魔力の底上げや補助のためにアクセサリーに加工される。
ダンジョン産の魔石より、ハグレモノから得た魔石の方が多くの魔力を保有出来、長持ちするが、先に述べたように危険を伴うため高額で取り引きされている。名のある冒険者ほどハグレモノから得た己の属性の魔石を身に付けることが多い。その魔石が自分が討伐した魔物から得たものだあればなおのことである。
魔石は自身の魔力に馴染ませることで、魔術詠唱時の時間短縮や威力増大に繋がる。ただ、ドラゴンやベヒモスなどの大型の魔物から出た魔石は基本浄化には時間が掛かる。しかも、魔力保有量の小さい魔物と違い、強い魔物から出た魔石は、三日で魔物が復活する。復活を阻止するには光属性の中の聖魔法による浄化が必要となるのだが、聖魔法を扱える者が限られているため、再度生まれる前に粉砕して内包する力を分散する必要がある。しかし、Sランクほどの魔力がなければ砕くことは出来ず厄介なため、強い魔物から出た魔石は専門寺院で封印保管されることになっている。面倒なのは封印は数十年毎にやり直す必要があることだ。それは国、王族、もしくは王族に在籍していた者にとっては命懸けの行事となる。各騎士隊の実力者や冒険者ランクAランク以上の者にも緊張が走ることだった。新たな封印をするには一度封印を解く必要がある。つまり、魔石の中で眠っている状態の魔物を改めては解放することを意味し、周囲は対峙しなければならないからだ。
内包されている魔物が強大なものであるほど厳戒態勢で臨まなければならない。
とまぁ、魔物から得た魔石について述べたわけだが、ラーネポリア王国の主要都市に置かれている要石や神の恩恵と呼ばれる魔石は厄災やハグレモノによって穢れた土壌を癒してくれる大切な役目を担っている。
神の恩恵が祀られている教会は厄災の直撃は受けないとされており、数あるダンジョンの第一階層のように人々の避難場所にもなっている。
ケイリルは幼い頃から魔道具が大好きだ。
王城の東の半地下がケイリルの仕事場兼、研究室だ。
本当は生活をしている東宮の自室を研究に使いたいが散らかる一方になりそうでダメと母妃達と兄達に反対された。
なので、王城の一角にある魔道具研究所の使われていない物置部屋を貰った。日中は柔らかな陽光が入ってくる部屋はバストイレ付きであるが、その部屋での徹夜は許されていない。
「でも、今回は何でまたスライムを?」
スライムと言えば、とある時期に湧いて出てくる厄介者。冒険者が嫌がる討伐第一位でもある。
「ちょっとでも活用方法が広がればスライムの価値が上がって、討伐報酬も増えて、低ランク冒険者も受けやすくなるでしょ。ギルドが受けたがらないから王立ギルドも助かるでしょ。」
王立騎士隊の中にいる騎士には庶民の出の者も多くいる。
実力主義の騎士は福利厚生がしっかりしているため人気職だが、駆け出しはその分給金が低めに設定されている。
その低めの賃金を補うために設立されたのが王立ギルドで当初は所属する者は騎士に限られていたが、現在は城で働く下級文官や下男下女、侍女も所属しており、王城に持ち込まれた問題に対処している。
役所の苦情処理課とも言えるのが王立ギルドであり報酬は冒険者ギルドと違い一律化されているが、受けても良いかどうかの判断は各分野の長がしている。
マイケルはケイリルの思いに感心した。うちの王子ただの魔道具バカじゃないと。
スライムが大量発生した時は王立ギルドは大忙しとなり、結構な負担になっていた。
スライム討伐への負担は何も王都だけではなく、各地域での問題でもあった。
「まあ、るっくんの受け売りだけど。」
第三王子の言葉だと知りちょっと溜め息を吐いた。
「スライムは獲物を捉えて体内で溶かして、対象を魔素に変換して核に取り込む魔物で、核を壊されても魔素を取り込む力は消えないんだよ。食用にする時はスライム内の核と魔素を取り除いてから使うし、掃除道具として使う時は壊した核に魔法や魔術でゴミを吸い込むと言う役目を与えて、溶解する力が失くなる限界まできたら火魔法で焼却する。核はないけど、魔素をそのままにされたスライムはモノを溶かす能力がないから体内に溜め込むしか能がなくなる。伸縮自在のスライムを型に注入してさ、砂粒みたいに小さい魔石を混ぜたら魔石の持つ魔力を貯めてくれる道具になると思ったんだ。その型に中と外を結ぶ役割の魔石を取り付けて中にある魔石の魔力を自由に引っ張りだしたり、逆に魔石を通して魔力を貯めておいたり出来るようにしたのが、これ。」
マイケルが作った薄型のブリキのケース。
「で、これは、何のために作ったんで?」
「ジュンリルの使い魔、マイクンのためだよ。マイクンって、常に体内に雷属性の魔法を流しておかないと調子が狂うんだって。だから、これを体内に内臓してもらったら上手くいくと思わない?」
マイケルは、第四王子の使い魔を思い浮かべる。
大人の頭程の大きさのある球体で、上部から羽のようなモノを出してふよふよと飛んでいる。
魔道具のような使い魔のことを。
「中に平べったい魔石を取り込んでたみたいなんだけど、魔石の中の魔力は出してしまえば終わりだし、中に取り込むために魔石を削らなきゃならなかったみたいでさ、このケースは、その魔石を納めていた場所の大きさなんだ。」
分かるような分からないような。マイケルは眉間に皺をよさながら、
「つまり、マイクン様の中の魔力が効率良く回るようにするためのモノっね?」
ケイリルの満面の笑顔に正解したことにホッとするマイケルだった。
「予めこの中に雷属性の魔力を満帆にした状態でマイクンの中に内臓してもらう。」
兄弟の前に立ち講師よろしく言葉を発しているのはケイリルだ。
「マイクンは、魔力保有量が他の使い魔より少ない上に、燃費が悪い。これが、ネックだったよね。」
密かに落ち込むマイクンと主のジュンリル。
「このケースの中には魔力を貯蔵できる核抜きスライムが入ってる。」
マイケルが空かさず瓶に入ったスライムを見せる。
「ご存知のように核抜きスライムは中に魔力、魔素を貯めることが出来る。けどこのケースの容量だと大したことはない。なので、この中のスライムには、雷属性の砂粒魔石を混ぜて内包する魔力保有量をボクの計算上では三倍、この部屋の灯りなら一週間程灯し続けられるものに増やしてみました。」
おぉ~と声が上がる。
「同じ大きさの魔石と比べてもこっちの方が多い。で、ここに付いた魔石には、魔法操作の天才!タクリオにお願いして、ケース内の魔力と外にある魔力、魔素を中に取り入れられる魔法を付加してもらいました!」
ドヤ顔で言うケイリルに対して天才と言われたタクリオが声を上げる。
「大変だったんだからね!ケイリル兄の言わんとすることを魔法陣に起こして、ちっちゃいちっちゃい魔石に付与するの!」
苦労が忍ばれて兄弟は苦笑する。
「寝てる時とか、魔力をあんまし使わん時にはコレに魔力を貯めておいて、魔法を使った後にコレから失った魔力を補充すれば、前みたいなことはないかなって。」
少し前、出先で起こった厄災の後処理にて取り逃したハグレモノとの戦いに巻き込まれたことがあった。その時にマイクンは魔力切れを起こし、機能停止状態に陥ったのだ。
普通、使い魔は魔力が切れると同時に主の影に入るのだが、マイクンは他の使い魔とは違いジュンリルの影に入ることができない。他の使い魔に言わせればマイクンは特殊個体と言うことだった。
影に入れば魔力は回復していくのだが、マイクンはジュンリルの側か、雷雲の中でしか魔力の回復が出来なかった。
「戦いの中で常に一定の距離を保つことは難しいしね。」
機能停止したマイクンの落ち込みは、主であるジュンリルにも飛び火して周囲は大変だったのだ。
(あれは、本当にめんどくさかった。)
兄弟達の感想である。
「魔石を加工して使うにしても手間だったし、コレなら魔力切れを起こすなんてことも防げるんじゃない?」
大喜びのジュンリルとマイクン。これまで何度か彼らの落ち込みに付き合わされていた兄弟達も大喜び。
いつだってケイリルの原動力は誰かのためになのだ。