桃花☆ひなあらレンジャー・ホワイト、と…
『桃の節句を讃える秋の会』に参加するのは大小企業のトップたちだ。白髪混じりのスーツ姿が目立つ。華がまったくない。しかしこれも仕方がないのだ。
どこの企業も当初は下っ端を派遣させようと思っていた。祟られたりしたら怖いしねえ。まっ若い者に任せるということで。はっはっは。
だが、そこそこ大きい某企業の社長が『我が社を救うため、私自ら秋の会に参加します』と自社製品を持って満面の笑みを浮かべた写真をSNSに載せたのだ。御年82歳。バリバリ現役だよ!
そうなると他の企業も右に倣えをするしかない。かくして、『桃の節句を讃える秋の会』は、しかめっ面をした中高年のスーツ陣で開催されることとなった。
場所は森林公園。万が一祟られても菌を撒き散らかされても、最悪隔離できる場所である。会場の外にはバイオハザードスーツを着た政府のラボの職員が待機している。
「それでは、『桃の節句を讃える秋の会』を始めたいと思います!」
「「「乾杯!」」」
天気は晴れ。穏やかな秋の日差しが平和な日だった。桃の花の造花をあちらこちらに飾り、ひなあられの日に食べそうな食事を用意し、祭りらしさを演出する。聞こえてくる太鼓の演奏は地元の有志だ。
「いやーめでたい。」
「いやー桃の節句はいいですな。」
「いやー春っぽい1日ですね。」
グレーのスーツ陣が渡されたカンペを棒読みする。心なしかカンペをもつ手が震えているのは緊張か、祟りを恐れているからか。
「めでたい。」
「めでたい。」
「めでたい。」
「……」
「……」
「……」
あれ、この計画穴だらけじゃね?と皆が心の中で思っているが、口にすることはない。
専務ももちろん参加している。一人で突っ走りそうな社長はお留守番だ。『くれぐれも、くれぐれもうちの菌を頼むっ!』と両手を掴んで拝まれた。社長は人にお願いするということを覚えたらしい。いいことだ。
「ふわあああ。なに?もう春?」
パジャマ姿の桃花☆ひなあらレンジャー達が現れた。手には枕を持ち、眠そうに目を擦っている。
「桃花☆ひなあらレンジャー様!!」
「うーん、せっかくいい夢見てたのにぃ。」
「お起きくださいませ、桃花☆ひなあらレンジャー様!」
「起きた。起きた。あと10分。あと一年。zzzzz」
「桃花☆ひなあらレンジャー様!どうか!どうかお話をお聞きくださいませ!」
グレーのスーツ陣はここぞとばかりに桃の花の香を焚く。
「桃の花の匂い〜春だね〜」
桃花☆ひなあらレンジャー・ピンクが起きた。
「ほんと〜」
桃花☆ひなあらレンジャー・グリーンが起きた。
「桃〜」
桃花☆ひなあらレンジャー・ホワイトが起きた。
「桃花☆ひなあらレンジャー・ホワイト様!我々に、菌を、春に清浄された菌をお返しくださいませ!』
「…菌?菌は悪いものよ。清浄したからピカピカよ。」
「そうではございますが、菌には人間に有益なものもございまして!」
「?なんの話?菌は菌でしょ。」
桃花☆ひなあらレンジャー・ホワイトに、菌にはいい菌と悪い菌があるんだとスーツ陣は説明をしたが、いまいちピンとこないようだ。
「うーん、とにかく菌を返してほしいんでしょ。でも困ったわね。もう全部清浄しちゃったわよ。」
「ホワイト、あなた大体のものはゴミ箱に突っ込んでデリートしてないでしょ。そこに入ってるんじゃないかしら。」
ピンクが言った。もう、綺麗にしときなさいっていつも言ってるのに、と呆れ顔だ。
「あ!そうかも。えへへ。あった、あった。じゃあ全部返すわ。」
「ありがとうございます!」
でん!とゴミ箱を枕から出したホワイトは、
「で、いま春じゃないわよね?次に時間外に呼び出したら祟るわよ?」
と凄んで帰って行った。
「ほんとよ、一年に一度の稼働日でいいって言うからこの職についたのに。サンタのおじさんがあとの364日はウハウハじゃよって言うから。」
「祟るわよ。」
「祟るわよ。」
他の二人も凄んで帰って行った。
それを土下座スタイルで見送ったグレーのスーツ陣は、恐る恐るゴミ箱に近づく。
「…全部ってことはヤバい菌も入ってるってことだよな?」
「!!バイオハザード係!!緊急事態だ!!!」
「早く!なんとかしてくれ!!』
森林公園は即座に隔離され、その後、菌は各々の所属に無事に返却された。専務は生まれたての赤ん坊を抱えるようにして自社に菌を持って帰った。自社では全社員が花道を作って待っていた。
「おかえりー!」
「ご無事で!」
「待ってたぞ!」
その日は社長のポケットマネーで特上寿司を食べた。けちくさい社長も少しは社員に還元するということを覚えたらしい。いいことだ。
あれからまだ半年しか経っていない。
まだ菌はきちんと根付いていない。一度殺菌されてしまったところに新たに培養するのは大変なのだ。今も社員が交代で寝泊まりして酒蔵を管理している。
かくして今年。
専務は正座で祈りを捧げている社長に近づいた。恰幅の良かった社長は、この一年でずいぶんとスリムになった。神様仏様お天道様、どうか、どうか先祖から受け継いだ我が社の菌をお守りください、と祈っている。強引なワンマン社長だったが、この一年で周りの意見をよく聞くようになった。危機は一人の力では乗り切れない。専務は今ではすっかり戦友となった社長の隣に座ると、自らも手を合わせた。
今年はさすがに同じことはしないだろうが…
ひなあらレンジャー様は何をしでかすか予測不能だが、一つだけ言えることは、同じことは決してしないということ。
お昼の12時ぴったりに桃花☆ひなあらレンジャー・ホワイトがテレビの画面に現れた。
きたっ
周りに緊張が走る。
「断捨離が流行りだぞ。断捨離のお手伝いをするぞ。」
白のポンポンを頭に付けた桃花☆ひなあらレンジャー・ホワイトが、両手からふあーっと白色のひなあられを出現させると、桃の花がついた杖でくるくると辺りをかき混ぜた。キラキラと舞って散っていく白色のひなあられ。
白色のひなあられが消えて…消えて…で、ここに至る?
一瞬にして、社長室のものがごっそりなくなっていた。かわりにちょこんと置かれているのは白色のひなあられ。
「なっなに!?」
「えっ物がなくなってる!」
「なんだ、どうした!?」
社員が動揺する。
専務は驚きながらも、ちらっと社長を見た。コイツは断捨離に含まれないのか。と思ったことは心の中に留めておく。
社長室にあった、バブル期のゴルフトーナメントの無駄にデカいトロフィー(ほとんど参加賞)が消えている。これまたバブル期だと思われる熊の彫刻(鮭を咥えている)も消えている。地域に貢献しましたで賞的な市長からもらった表彰状(金の額縁入り)も消えている。
…というか、ソファーと椅子しかないんだが。デスクはどうした。使い方が分からん分からんと大騒ぎしてた最新のパソコンはどうした。社長がSNSでぴーあーるするから必要だと駄々をこねていたのに。
湯呑みが床にぽつんと置いてあるのが物寂しい。
「ワシのモノがー!!!!」
絶叫する社長をよそに、専務は自室に戻った。専務室はさすがにデスクは消えていない。椅子も、キャビネットもそのままだ。
俺は社長と違って仕事してるからな。ふふふ。笑いながら専務は椅子に座った。得意げにパソコンを開いて…
デスクトップが空だった。晴れ渡る青空が見える。こんな柄だったんだな。
システムの奴には『なんでもデスクトップに放り投げないで下さい!重くなっちゃうんで!』と言われているが、フォルダを作るなんて面倒くさい。一面に全部並んでいるほうが見やすいだろうが。
誰かを呼びに行こうとしたが、そういえば東京の女の写真やメールやらをパソコンに転送していたんだと思い出した。すまほに変えてからパスワードの設定がよく分からず、妻に見られてしまったのだ。
二人で行った温泉旅行やディナーの写真。妻とは交わさない愛の言葉。たまの息抜きだ。箱根に向かう電車の中は似たようなカップルが多くいる。俺だけではない。
そのデータが消えているのかすらも確認の仕方が分からない。
後回しにしよう、必要なデータは誰かがバックアップを取ってるだろ、と専務は自分の部屋を出た。
オフィスは大混乱だった。
「そりゃ不要なものもあったけど、いつかなんとかしようと思っていた、もしかしたら必要なものもあったかもしれないのに!」
「専務!データが!」
「顧客情報が!」
「俺の靴下が!」
「私のスペアの眼鏡が!」
これはそこそこ大変だ。がーー
「私の閻魔帳が!」
「いつか食べようと思ってた俺の羊羹が!」
「僕の黒歴史のアイドル図鑑が!」
おい、お前ら会社に何を置いてるんだ。
酒蔵はさすがになにもなくなっていない。
菌が復活するまで社員は酒蔵を毎日清掃していた。それでも職人の熟練の技術が衰えてはいけないと、若手からベテランまで、西の同業者に頼んで彼らの酒蔵で働かせてもらっていた。あちらも酒が水になってしまい人手不足だったらしい。桃花☆ひなあらレンジャー・グリーン様も怖いことをなさる。
酒が高級品になってしまったため、強盗も増えた。幸いこの地域は桃花☆ひなあらレンジャー・グリーン様の加護(と言っていいのかは謎だが)の範囲外なので、酒は酒のままである。残された酒は我々の希望。奪われるわけにはいかない。
おかげでこの一年で社員はずいぶん逞しくなった。虫も殺せないと言っていた女の子が、こん棒を振り回しているのを見た時はびっくりした。護衛術のレッスンで学んだらしい。
オフィスは清潔になった。
ピカピカだ。
ゴミはなくなった。
埃もなくなった。
スペースが広がった。
…物がないとも言える。
「断捨離、断捨離ね。はは。」
専務は乾いた笑いをこぼした。
「うちの事務所はこんなに広かったんだなあ。」
専務の声は空っぽの部屋によく響いた。
北の地も最初の数時間は混乱していたが、ネットでは早くも攻略法が拡散している。
ーー白色のひなあられ、換金できますよ。
ーーひなあられを持って、お金に変わってくださいと祈ると現金になります。
ーーえ、おいくらほど?
ーー市場価格かな?私は使わなくなったスマホが買取価格に色が付いたくらいでしたね。
ーー俺は使わなくなったトラックが結構いい値段に。
ーー僕はフィギュアがオークション価格くらい。
ーー私は使いかけのファンデが数百円
ーーさすが桃花☆ひなあらレンジャー・ホワイト様!
専務は疲れた体を引きずって帰宅した。断捨離はイタかったが、金さえ出せば買えるものがほとんどだ。
自宅の玄関のドアを開けると…
…ない。物がない。
ベッドすらなかった。
確かに最近家に帰ってなかったが…
電気すらつかない。
妻は少し前に出ていっている。
都内の女と数回いや、数年か?寝ただけで離婚だ別居だと騒ぎやがって。
誰のおかげでメシを食っているんだと思っている。
しんとした部屋にさすがに辛くなった専務は膝を抱えてうずくまった。誰も見ていないからいいのだ。そういう日もある。
ブブブブブブ
胸ポケットに入れていた携帯が震えた。
「私だ。」
どうせ会社からだろうと、ろくに見ずに電話を取った。
「あなた、私。」
「栄子…」
「あら?他の誰だと思ったのかしら?」
「違う!会社からだと思ったのだ!ごほん、どうした?」
金か?と言おうとして口を噤む。
「今日ね、ひなあらレンジャー・ホワイト様に断捨離されちゃったじゃない。それでね、もうびっくりするくらいの物が無くなっちゃったんだけどね。」
「ああ、うちの会社も大変だった。」
「それでね、その…あっそういえばお隣さんがねーー」
話を聞いていた専務はだんだんイライラしてきた。こっちは一日働いて疲れているんだ。妻の要領を得ない話に付き合える気分ではない。
もう切るぞ、と言おうとした時、
「…結婚指輪は残ったの。」
とポツリと妻が言った。
結婚指輪…?専務は自分の薬指を見た。気にも留めていなかったが、指には指輪が嵌っていた。結婚したときに嵌めた、夫婦の指輪。
「俺の…俺の指輪も残ってるよ!残ってる。俺が悪かった。栄子、帰ってきてくれ。お願いだ!」
考える前に言葉が滑り出ていた。
「お願いだ、栄子!」
専務は泣きながら懇願した。
最後の方は言葉にもなっていなかった。栄子、栄子、と繰り返す夫の声を聞いて、
「うん。」
と涙声で妻は呟いた。
私は桃花☆ひなあらレンジャー・マヨネーズ。
ピンク、緑、白の3人ほど強烈な個性はないけれど、数粒入ってると嬉しいなって言われる存在。
私の活動は日付けが変わってから。3人がやらかした…ごほん、活動したアフターフォローの役割りをするのよ。
私が与えるのは俗世の欲。
そんなに清く正しく健康に健全に真っ直ぐなんて毎日生きてられないよね。
疲れたあなたに甘じょっぱくてジャンクな癒しをあげちゃうぞ。
桃花☆ひなあらレンジャー・マヨネーズは地道にマヨネーズひなあられを配っていった。
「あっありがとうございますっ」
「耐久鬼ごっこ!終わった!終わったぞ!」
「マヨネーズの濃い味が染み渡るぅぅぅぅ」
「桃花☆ひなあらレンジャー・マヨネーズ様!こちらにもお配りください!断捨離されてしまってスナック菓子が全部なくなっちゃったんです!」
「マヨネーズ!マヨネーズだ!」
「うまい!カロリーなんて知るか!」
「しょっぱい!」
「甘い!」
「油!」
「カロリー!」
「ばんざーい!」
かくして今年の桃の節句も無事終わったのである。ふう。