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鈴谷さん、噂話です

犯人は大きな身体の人だった

 私が生まれ育ったその地区は、少しばかり特異な場所だった。比較的都会にあるのだけど、交通の便が微妙に悪い所為かアパートなども少なく、若い人が新しく移り住もうとしない。それで高齢者の割合がとても高くて、独特の文化を残している。

 鈴谷凛子というその女学生は、そこに興味を惹かれてやって来たのだと言う。

 「その土地の文化によって、人間は様々に影響を受けます。そういうのを見るのが好きなんですよ」

 なんでも彼女は民俗文化研究会に所属していて、社会科学的な事柄を研究するのが趣味なのだそうだ。ちょっとレアなタイプかもしれない。

 偶然彼女を見かけ、若い人が引っ越して来てくれるのなら嬉しいと私が声をかけて、私達は知り合いになった。

 何にもない街だけど、買い物のついで私は軽く彼女を案内した。ところがそこである事件に遭遇してしまったのだ。

 

 そこでは大人達が何やら揉めていた(大人達と言ってもかなりの高齢だ)。何事かと思って訊いてみると、何でも駄菓子屋でオモチャが盗まれたのだという。

 この地区は他所から人が来る事がまず珍しい。当然ながら、事件が起きた場所の近くに部外者がいたならまずその人物が犯人だと思った方が良い。そして実は見慣れない若者が近所を歩いているのを見かけた者がいるらしいのだ。

 が、そこで少々疑問点が。

 

 「でもよ。学君は犯人は大きな身体だったって言ってたんだろう?」

 お爺さんの一人がそう言った。

 「だったら、その余所者は犯人じゃないのじゃないか?」

 

 オモチャが盗まれた時、駄菓子屋には学という小学生の男の子がいたのだが、その学君は犯人を少しだけ見たと言っているのだ。そして彼によれば犯人は巨漢だったという。ところが皆が見たその余所者は、少なくとも巨漢でなかったらしいのだ。平均より少し大きい程度。

 お爺さんは続ける。

 「犯人は次郎じゃないのか? あいつは身体が大きい」

 次郎というのはこの近くに住んでいる数少ない若者の一人で、まぁ、ご高齢の方々からは不良だと思われている。ただ、多少粗暴ではあるが、実際に何か悪さをしたって話は聞かない。

 それに、

 「でも、駄菓子屋でオモチャって、次郎はそんな歳でもないでしょう?」

 そう私は言った。

 次郎は高校生なのだ。犯人が何のオモチャを盗んだのかは知らないが、そんな物を彼が欲しがるとは思えない。

 ところがお爺ちゃんは納得しない。

 「いいや、単にスリルを楽しんだだけかもしれねぇ。売るつもりかもしれないし」

 確かにそういう人もいるらしいけども。

 そこで鈴谷ちゃんが質問をした。

 「あの…… その学君は、次郎さんの事を知らないのですか?」

 知っていれば、“大きな身体”などと言わないで名前を直接言うということだろう。この地区は狭い。当然知っている。

 「知っているよ。だけど、学君は少ししか見ていないんだよ。次郎だって分からなかったのかもしれない」

 お爺さんの答えを聞くと、鈴谷ちゃんは軽く首を傾げた。

 「もう少し尋ねたいのですが、その学君はこの地区からよく出たりするのですか?」

 「いいや。出ないね。小学生だもの」

 それから彼女は私達を全員を見回す。

 「失礼ですが、この地区の人達の身長は、大体、皆さんと同じくらいですか?」

 その意図が分からなかったのか、お爺ちゃんは首を傾げた。

 「同じくらいだよ。だって、爺とか婆とかばかりだもの」

 すると、鈴谷ちゃんはこう言ったのだった。

 「そうですよね? なら、外の世界をほとんど知らない学君にとっては、皆さんが見かけたという平均くらいの身長の人は、“大きな身体”に見えるのじゃありませんか?」

 その指摘に皆は顔を見合わせた。

 そう言われてみれば、そうなのかもしれない。

 それから私達は学君の所に行ってみた。鈴谷ちゃんの推理が正しいか、検証の為だ。そして、彼に鈴谷ちゃんは身体が大きいか訊いてみると、彼は迷わず「大きなお姉ちゃん」と言ったのだった。

 もちろん、彼女はあまり背が高くない。むしろ平均よりも少し低いくらいだ。

 

 『その土地の文化によって、人間は様々に影響を受けます』

 

 鈴谷ちゃんはそう言っていたけれど、本当にそうだと私は思った。

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