【第二部】第三十九章 青髪の少女
【現在】
――宿屋――
「――そうして、うちらは奴らに“敗けた”にゃ。それで、奴らの起こした襲撃事件がきっかけになって、“和国”の妖獣達が蜂起して人間と戦争になったにゃ」
アレンは、琥珀と稲姫から事の経緯を教えて貰った。
妖獣側からしたら“人間が攻めてきた”となるのは容易に想像がつく。人との間を取り持つ“御使いの一族”がやられたのも、歯止めが利かなくなった要因かもしれない。そして、やはり――
「そうか……俺はやっぱり、“そいつ”に敗けたんだな」
予想はついていたが、琥珀と稲姫から“過去の戦”についての顛末を聞き、アレンは確信を持つに至った。
「“門を閉めて根源からの力の供給を断つ”。そして、“妖獣を身の内に取り込む”。――どちらも、途方も無い力だ。なるほどな……二人が止める訳だ」
アレンは苦笑する。琥珀と稲姫には随分と気を回させてしまった。自分の不甲斐なさを情けなく思う。
「主様のせいじゃありんせん。――あいつが“異常”なんでありんすよ」
「勝つ手立ては今も探してるにゃ! きっと見つけて見せるにゃ!」
二人から慰められ、アレンはまたみっともないところを見せてしまったことを恥じる。――そうだ。前を向かないと。次こそは勝つ! そのためには――
「――“神璽”、だったか? “青姫”に探してもらう様、頼んでたんだよな?」
「そうにゃ。青姫ちゃんは、今もそれを探しに旅に出てるにゃ」
自分は記憶を失い頼んだことすら覚えていないのに、今も青姫は、かつての“お願い”に従い探してくれている。申し訳無さが込み上げて来るものの、今はそんな場合じゃないとアレンは自分を叱咤する。
「じゃあ、青姫と合流したいな。今はどこにいるんだ?」
“青姫”の名を聞き、失われていた記憶が蘇りつつあった。
『我が君! 今度わらわの里へ共に参ろうぞ! ――なに、ちとわらわの伴侶として母上達に紹介するだけじゃ!』
満面の笑みで自分の手を引く活発な青髪の少女だった。今も元気にしているだろうか。アレンは、どこかにいるだろう青姫に思いを馳せた。
◆
――???――
「……ただいま」
「いやぁ、久しぶりのホームだな」
「そうだね。思ったより時間が掛かったかな」
“青ノ翼”のレイン、ラルフ、エーリッヒは、ギルドホームに帰還した。
三人はリムン国の北――人里離れた山奥の砦に居を構えていた。アレン達と別れ一仕事終え、ようやくの帰還だ。ホームの懐かしい匂いに三人の表情が弛緩する。
「遅いぞ、其方達」
奥の部屋から出迎えが来る。ギルドメンバーではないが、行動を共にしている仲間――“青髪の少女”だった。少女はこの辺りでは見ない、鮮やかな色合いの着物を着ている。
「……ごめんね、“青姫ちゃん”。――はい、これお土産」
「おお! これは首都名店の菓子ではないか! 感謝するのじゃレイン!」
青姫はレインから菓子を受け取るとソファーに座り、早速摘まんでうまうまと食べ始めた。
「して、首尾はどうだったのじゃ?」
「仕事は無難に。でもそうだな……面白い少年に会ったよ」
お菓子のクッキーを齧りながら発せられた青姫の何気ない問いに、エーリッヒが楽しそうに応える。
◆
「“アレン”っていう子の卒業試験で対決したんだけどさ、――敗けちゃったんだよね」
「其方がか?」
青姫が驚きで目を見開く。エーリッヒ程の実力者なら、大抵の者にそうそう遅れは取らない。ましてや、相手が子供なら。にわかには信じられないことだった。エーリッヒは気恥ずかしそうに頬をかき――
「最初は普通の子だと思ってたんだけどさ。――“自在に魔素を操ってるかの様な、見たことの無い魔法を使ったり”、“急に身体能力が劇的に跳ね上がったりしてさ”……圧倒されちゃったんだよね」
「……あれは異常」
「どうやってかは、未だにわかんねぇんだけどな」
『珍しいものを見た!』と、エーリッヒ達は三人で盛り上がる。――が、それを聞き、キョトンとする者が一人。
「そ、その者は確かに“アレン”と申したのか? ――“神楽”ではないのか!?」
必死な形相の青姫に、エーリッヒが肩を激しく揺さぶられる。
「……あ、青姫ちゃん、落ち着いて!」
レインが羽交い絞めにし、青姫が引き離された。「す、済まぬ。取り乱してしもうた……」と、気まずそうに青姫が謝り、エーリッヒが襟を正す。
「いや、いいんだ。確かに“アレン”だったはずだよ?」
「……うん、そう聞いてる」
「俺もだ。――青姫、“カグラ”ってのは誰だ?」
青姫は諦めきれない様で、ラルフの問いには直接答えず、なおも食い下がる。
◆
「じゃ、じゃあ。近くに狐や猫の女子はおらんかったかえ?」
エーリッヒ達は顔を見合わせる。
「いや、いなかったね」
「……うん」
「“小さな女の子”はいたけどな」
「そ、それはどの様な女子じゃ!?」
ラルフが気圧される程の勢いで青姫に肩を揺さぶられる。
「な、なんか変わったしゃべり方をしてたな」
「確か――“ありんす”だったかな?」
「……そう。それに、綺麗な黄金色の髪をしていた。――あ、あと、“猫”ならいたよ?」
「そ、その者達は、わらわのかつての仲間達じゃ! じゃあ、その“アレン”が――」
青姫は確信した様子で、レインに振り向く。
「レインよ! 其方、その“アレン”と<念話>は出来るかえ!?」
「……う、うん。出来るけど」
「ならすぐ! わらわも交えてやって欲しいのじゃ!!」
――間もなくして、レインからアレンに<念話>が飛んだ。




