【第二部】第三十六章 “喜怒哀楽”の道化達
――森林部――
破砕音を上げながら琥珀が拳を振り抜くと、また一人敵が地に伏した。
蛟の<荒天招来>で山火事は消え、団員達も押されていた戦線を立て直せていた。
『ここまで来れば』と琥珀はフッと息をつき、長らく発動していた<闘気解放>を解除する。
「結構疲れたにゃぁ」
<闘気解放>は瞬間的に莫大な力を得る代わりに消耗が激しい。琥珀は近くの木にもたれかかり、気力と体力の回復に努めた。だが――
琥珀の耳がピクンと反応する。こちらに近づいて来る大きな気配が四つ。森林部――琥珀の元に四方から凄まじい勢いで向かってくる。
「全く……少しは休ませて欲しいにゃ」
文句を言いながらも琥珀は神経を研ぎ澄ませる。ギリギリまでは休息するつもりだ。
――3、2、1……
攻撃の兆候を感知した瞬間、前方に緊急回避する。――数瞬前まで背にもたれていた木が爆散した。
(投擲……鉄球? ――何にしても、かなりの力にゃね)
琥珀はすぐさま敵の傾向を分析する。
「不意打ちなんて随分失礼にゃね? ――で、お前達は何者にゃ?」
琥珀の四方を四人の怪しい者達が囲っている。共通するのは黒いローブに道化の仮面。但し、仮面はそれぞれ意匠が異なった。
“笑顔の仮面”
“怒りの仮面”
“泣き顔の仮面”
“愉悦の仮面”
――喜怒哀楽か。遊んでるのかこいつらは、と怒りが湧き上がるが、冷静さを欠くまいと琥珀は心を落ち着かせる。
道化達からの返答は無い。その代わり――
◆
「全く――だから、失礼だって言ってるにゃ!!」
“怒りの仮面”からの投擲物が琥珀に飛来する。思った通り、鎖のついた鉄球だ。琥珀は半身をずらし回避――と同時、鎖を掴み全力で引っ張る。
両者の力が拮抗し、鎖が軋む。<闘気解放>を解除しているとはいえ、<肉体活性>で身体強化している琥珀に匹敵する力だ。そのまま力比べをするかと迷う間もなく、琥珀はすぐさま鎖を手放し後ろに飛び退る。
――瞬間、琥珀のいた場所を巨大な円錐状の氷柱が襲う。琥珀は苛立ちから舌打ちを漏らした。
「隠れてコソコソと……!」
“泣き顔の仮面”は距離を取り、木々を隠れ移りながら遠隔攻撃で支援に徹している。残りの二体は――
「――くっ!」
いつの間にか琥珀の回避した地点に回り込んで“笑顔の仮面”が短剣で斬りかかってきた。予想以上に動きが素早い。短剣の先がかすり、琥珀の腕から血しぶきが舞う。――同時、手に痺れが。
回し蹴りを放ち“笑顔の仮面”がバックステップで距離を取った瞬間、琥珀は体内の気を急速に操作する。
――<自己再生>
気による細胞活動の活性と強化は免疫細胞にも及び、外来の異物を強制的に除去しにかかる。
毒により既に壊死した細胞は、部位欠損すらも復元せしめる脅威の再生力で瞬時に無かったことにされた。
それを見た“笑顔の仮面”の動きが止まり、琥珀への警戒を強める。そして――
「――っ!!」
最後の一人、“愉悦の仮面”がいつの間にか急接近しており、琥珀は急いで両腕をクロスさせガードするも、敵が手に持つ何かで豪快に弾き飛ばされた。背後の離れた木に背中から激突する。
そして体勢を立て直す間もなく、幾つもの氷柱が琥珀に殺到する、かと思われた瞬間――
琥珀が見慣れた蒼い炎の柱が立ち上り、全ての氷柱が飲み込まれ消失した。
「待たせたのぅ。琥珀や」
「青姫ちゃん!」
――上空から舞い降りる、青い翼を広げる麗人が一人。鮮やかな色合いの扇子を口元に当て、琥珀の隣で悠然と佇んだ。




