【第二部】第三十章 交わされる想い
【敵の到来二日前・夜】
――御使いの一族の村里・神楽の家――
水神の聖域で蛟の協力を取り付けて来た神楽達は村里へと戻っていた。道中、未だに忙しなく動き回る村人達を尻目に、神楽の家に向かった。
「あ、お兄ちゃん! ――お母さ~ん!! お兄ちゃんが返って来たよ~!!」
家の玄関の戸を開くと楓に出迎えられ、奥から春が出て来た。
「よかったわ。中々帰ってこないから心配したのよ。さ、ご飯にしましょう」
◆
家の中は荷造りの大部分が済んだのか、だいぶガランとしていた。楓や春が食卓に料理を運んできてくれる。神楽達は食器などを皆の分取り出して食卓に並べた。
「では、頂きましょうか」
食卓には常に無い豪勢な料理が所狭しと並んでいた。だが、この場にいる皆はこの意味を理解していた。――皆で取れる最後の晩餐になるかもしれないのだ。だが、誰も悲壮感は顔に出さない。
皆が食べ始め、しばらくして春が切り出す。
「明日の昼にはここを発つことになったわ。――それまでに私達で何か出来ることがあったら遠慮なく言って?」
「そうだな――避難経路を教えておいてくれる?」
春と楓は非戦闘員として、この地より避難する。敵の到来は明後日の昼と予測されることから、明日の昼に出るのは、それでも遅いかもしれない。急なこともあり、村中の準備が整うまでに手間取ってるのだろう。
神楽は春から避難経路を聞き、頭に刻み込んでいく。紙に書き記すと敵に奪われた場合、避難民が危険に晒される。琥珀と稲姫、青姫にも情報を共有し、記憶してもらった。
その後は皆、他愛もない、いつもの会話を意識的に選択し笑い合って食事を終えた。
◆
――就寝時――
「流石にこれは……狭くないか?」
神楽の布団に琥珀、稲姫、青姫が入って来ている。他にも布団は出してるのだが――
「これ、稲姫よ。新参者は遠慮せぬか!」
「わっちと主様は小さい時からの付き合いでありんすよ! 青姫こそ、別の布団で寝るでありんす!」
青姫と稲姫が神楽の隣を奪い合い火花を散らしていた。琥珀は我関せずとばかりに神楽の右隣――青姫、琥珀の逆側――で既に寝入っている。
「明日もあるんだし、じゃんけんで負けた方は今日のところは別の布団で、明日は隣でどうだ?」
布団は人数分あるのだが……二人が譲らないので、神楽は妥協案を提案した。不承不承二人も了解し、じゃんけんで勝敗を決めた。
「クフフ♪ わらわの勝ちじゃな!」
「むぅ~……でも、明日はわっちでありんすよ!」
満面の笑みで勝ち誇る青姫を、稲姫が涙目で恨めしげに睨む。――何はともあれ、じゃんけんをして決まった配置で皆就寝した。
◆
【敵の到来前日・昼】
――村の出入り口――
「じゃあ、私達は行くからね。――神楽、無理するんじゃないよ?」
「お兄ちゃん! 必ず無事に戻って来てね!」
心配する春と楓に別れを済ませる。楓にしては珍しく、神楽に抱き付いて来た。肩を震わす楓の背中をぽんぽんと叩く。
「心配するな。――こう見えて、俺は結構しぶといんだ。そう簡単には諦めないよ」
「わかった。――信じる」
涙を袖で拭き、楓が離れる。他の村人達も思い思いの人と別れを済ませていた。
出発の段になり、神楽達は、村の出入り口で楓達を含む避難民と、それを護衛する自警団員達に手を振って見送った。
◆
【夕方】
――村の北側――
「す、<水神>様がいらっしゃったぞ!」
「やったぞ! これで勝ったも同然だ!!」
村の北側で歓声が沸き起こる。神楽達も急いで駆け付けた。村には既に多くの妖獣達が集っていたが、蛟はその中でも一際大きな存在感を放っていた。
「蛟。悪いな……でも、ありがとう」
「儂は自分の意思で汝らと共に戦うと決めたのだ。気にするでない」
蛟の体躯は大きく、広い場所に案内する必要があったため、村中央の広場に来てもらった。いつの間にか長老――富岳や団長達も蛟に感謝を告げに広場へと足を運んでいた。
「水神様、誠に感謝致します。何卒、我らに――」
「よい。これは汝らだけの問題でもない。共に彼奴らを叩きのめそうぞ」
膝をつく富岳と団長に蛟が重々しく応える。
神楽達は、今日のところは蛟と別れを済ませ、家へと戻って行った。
◆
【夜】
――神楽の家――
ガランとした家の中で夕食を済ませ、皆で布団に入る。昨日の約束通り、今日は稲姫が隣だ。琥珀は当然の様に逆側で既に寝入っていた。
稲姫も青姫も緊張してるのだろう。中々寝付けない様だ。
「主様……。わっちは、キヌを殺したあいつが憎うござりんす。でも――」
一度言葉を切り、考えをまとめてから稲姫が再度口を開く。
「それ以上に、主様に生きていて欲しゅうござりんす。もしもの時は――」
「稲姫。わかってる。――楓にも言ったが、俺は結構しぶといんだ。そう簡単に諦めないよ」
『わかりんした』とだけ言い、稲姫は眠りについた。青姫も口元に笑みを浮かべ、寝に入った。神楽は天井をしばらく見つめ――やがて、皆と同様、目を閉じた。
◆
【開戦日・朝』
――村中央広場――
長老や団長から、最後の激が飛ぶ。
「物見や偵察隊の報告によると、敵はまもなく到来するとのことだ。各員、戦に備え、最終確認を済ませておくように。敵は神に仇なす不届き者達だ。遠慮はいらん。――全力で叩き潰してやれ!!」
団長の激に団員たちが天に腕を突き上げ鬨の声を上げる。神楽達も一か所に集まり、お互いの気持ちを一つにした。
「蛟、琥珀、青姫、稲姫」
神楽は皆の顔を見回し――
「俺はここで死ぬつもりは無い。必ず生きて、皆でこの窮地を乗り切るぞ!!」
「うむ、その意気だ。儂も死力を尽くそうぞ」
「うちらが力を合わせれば無敵にゃ! 頑張るにゃよ!!」
「わらわも此度は本気を出そうかの」
「皆で勝ちんしょう!」
誓いは交わされた。後は全力で奴らを叩きのめすだけだ。
――しばらくして村に警鐘が鳴り響き、“死闘”が幕を開けた。




