【第二部】第二十九章 共にあるという誓い
――水神の聖域――
「なるほど……それで、汝らはその集団を迎え撃つというのだな?」
「ああ。非戦闘員は避難させるけど、俺達――神盟旅団員は奴らを迎え撃つよ」
神楽から経緯を聞いた“水神”蛟が不意に押し黙る。神楽が怪訝に思い問いかける前に、蛟が再び口を開いた。
「神楽よ。汝も逃げた方がいい」
「そんなにヤバい相手だっていうのか?」
驚きに目を見開く神楽に蛟が頷き返す。
「――儂には気配で分かるのだ。大半の者達は烏合の衆だ。汝らの敵では無いだろう。だが――」
一度言葉を区切り、蛟が続ける。
「少数の者達――その中でも一体、一際大きな気配を放つ者がいる。その者だけは相手にしてはならん。あれは、人の敵う相手ではない」
「――妖獣なのか?」
蛟は首を横に振る。
「わからん……他に混じりけはあるが、儂らと同じ妖獣の気配も感じる。――だが、一つ言えるのは、奴を相手にすれば、汝らは負けるだろう」
今度は神楽達が押し黙る。そして数瞬の後、神楽が意を決して自分の想いを口にする。
「あいつらは『神の力を集めている』と憚らず公言し、稲姫の――それだけじゃない、俺にとっても大事な人達を皆殺しにしたんだ」
「主様……」
神楽が拳をきつく握りしめ、手の平から血がポタポタと地面に滴り落ちる。村人達を――キヌさんを殺されて悔しいのは、何も稲姫だけじゃない。神楽だってはらわたが煮えくり返っているのだ。
「今度はここを荒らしに来てる。お前の言う通り、戦えば俺達は負けるのかもしれない。――でも、俺達が逃げれば、ここらにいる妖獣達は奴らに捕らえられるだろう。何をされるかわからない。――逃がそうにも、妖獣の中には、住処を移れないものもいる」
神楽は一度深呼吸し、決然とした顔で決意を口にした。
「俺は戦うよ。俺達は妖獣と縁を結ぶ“御使いの一族”だ。――利用したくてお前達と一緒にいるんじゃない。“共にありたいから”一緒にいるんだ。――最期まで一緒だ」
神楽は屈託なく笑ってみせる。蛟と縁を結んだ時と同じく、誓いの拳を突き出す。蛟は、ふっとため息をつき――
「汝ならそう言うと思っておった。――誇るべきか、悲しむべきか……」
蛟は目を伏せ、――そして、神楽を見据えた。
「儂も共に戦おう。――『汝と共にある』と誓ったのは、儂もだからな」
蛟も笑い返した。
一番の強者である蛟に『負けるだろう』と言われても、ここには逃げようとする者はただの一人もいなかった。
◆
蛟は体躯が大きく、村にいると窮屈だろうことから、明日の夕方に村で合流することになった。襲撃者の村への到来は明後日の昼と予測されていることから、開戦には間に合うだろう。神楽達は村への帰途についていた。
「『負ける』……か。お前達は逃げたかったら逃げていいんだぞ? あんな話をした後で言い出しにくいかもしれないが、決して責めたり恨んだりはしない。これまで一緒にいてくれただけでも感謝してるんだ」
神楽が琥珀、稲姫、青姫に告げる。だが――
「ご主人! 怒るにゃよ! そんな弱気はご主人らしくないにゃ!」
「わっちは、あいつからはもう絶対逃げたくないでありんす!」
「悲しいことじゃ。最期まで共にあると誓ったのは、わらわも同じなんじゃがのぅ」
三者三様の反応が返ってくる。――だが、共通するのは、『最後まで神楽と共にある』という意思表示だった。神楽は先程自分から同じことを言われた蛟の気持ちを察した。
「――悪かった。あの時、蛟に言った言葉が台無しだな」
神楽は再び顔に決意を漲らせ――
「勝とう! そのために戦う。俺達の力を見せてやろう!」
「それでこそご主人にゃ!」
「わっちも頑張るでありんす!」
「クフフ……不届き者共は皆、わらわの炎で焼き払ってくれようぞ!」
――神楽達に悲壮感は無かった。皆でこの苦難を乗り越える。その一念で一致団結していた。




