【第二部】第二十八章 “水神”蛟
――“御使いの一族”の村里・神楽の家――
“青鷺”青姫と合流した神楽達は、一旦、神楽の家へと戻って来ていた。道中、非戦闘員の避難準備で里の中は道行く人が皆忙しなく、村中に喧騒と焦燥感が漂っていた。
「あ、神楽! どこをほっつき歩いてたの! この村が襲われるとかで、避難指示が出てるのよ!?」
家に帰ると、春と楓が避難のためだろう、支度を進めていた。
――そう言えば、二人には言ってなかったっけ?
「うん、知ってるよ。俺も戦うからね」
事も無げに神楽はそう春に告げるが――
「馬鹿言ってるんじゃないの! あんたはまだ十二なんだから戦える訳ないでしょ! 早く避難準備を進めなさい」
「本当のことだ。俺の力は知ってるだろ? 自分で言うのもなんだけど、この里でも最上位だ。長老からの許しも得てるよ」
冗談だと取り合わなかった春の動きが止まる。真剣な顔で神楽を見つめ――
「本当なの? 長老様が……」
黙って頷く神楽を見て、ようやく春も受け入れた様だ。
「あんたと同い年の子はみんな逃げるっていうのに……どうして」
「お母さん……お兄ちゃん! そうだよ、お兄ちゃんが戦わなくても……一緒に逃げようよ!」
口元を抑えてくずおれる春を楓が走り寄って支える。気持ちは嬉しいが――
「俺には力がある。誰かを守れる力があるのに何もしないのは、――自分が自分を許せない。……それに、今度襲ってくる奴は、ちょっと許せなくてね」
神楽が稲姫を見る。稲姫も神楽の視線に気づき、力強く頷き返した。楓はそんな二人の様子をじっと見つめた後、ため息をつく。
「わかった。止めても無駄そうだね。――だけど、一つだけ約束! 本当に危ないと思ったら逃げること!!」
楓がビッと人差し指を立て、神楽に約束を迫った。
「ああ、約束だ」
『逃げられたらな』という言葉は心の内に留めておく。窮地にいる仲間を見捨てて逃げる訳にもいかないだろう……。神楽の内心を知ってか知らずか、楓も一応は納得した様子だ。
「お母さん! 腑抜けてちゃダメでしょ! 私達だって、無事に逃げられるかはわからないんだからね!!」
「ごめんね楓。――神楽、楓の言う通り、危なくなったら逃げるんだよ? 皆が責めても、私達はあんたが生きててくれるだけで十分なんだからね?」
「わかった」
楓が春に喝を入れて立たせ、避難準備を再開する。二人が避難準備を進めるのを見届け安心した神楽は、残りの仲間――“水神”蛟に会いに行くことにした。
「俺達も行こう。蛟は村を出て北に向かった先にある湖――“水神の聖域”にいるはずだ」
◆
「蛟っていうのは、どんなのでありんすか?」
この中で一人、蛟と会ったことの無い稲姫が神楽達に問う。
「とっても強い――うちらの中では最強の“水を操る龍”にゃよ」
「龍なのか蛇なのかは微妙じゃが――確かに最強ではあるのぅ。あやつは気難しいから、協力してくれるかどうか――」
琥珀と青姫の話を聞く限り、強いけども癖がありそうだ。龍や蛇と聞くだけでも怖い。食べられてしまわないか不安になる。稲姫は不安そうに神楽を見るが――
「大丈夫だよ。性格は穏やかだし、取って食われたりしないよ。――怒らせなければ、たぶん」
そこはかとなく不安にさせる言葉だった。
「『百聞は一見に如かず』。仲間なんだし、会いに行くだけだよ」
神楽はそう笑い飛ばし、皆で“水神の聖域”へと向かうのだった。
◆
――水神の聖域――
森を抜け開けた所に出ると、そこには辺り一面湖が広がっていた。神楽達が湖に近づくと――
「――神楽か。そろそろ来る頃だと思っておったぞ」
どこからか、重く低い声が響く。
「蛟。元気にしてたか?」
「お久しぶりにゃ!」
「久方ぶりじゃのう、蛟。息災だったかえ?」
神楽が声を掛けると、湖の水面がせり上がり、中から巨大な水色の龍が現れた。
胴体は蛇の様だが四肢がある。そして頭部は龍の様であり、側頭部両側に角が生えていて威厳漂う。
青姫は『龍なのか蛇なのかは微妙』と言っていたが、龍でいいんじゃないかと稲姫は怯えながら神楽の服の裾を掴んだ。
「うむ。――だが、山への闖入者達のせいで、気が散って仕方無い」
「流石だな。気付いてたか。――その件で、お前の協力を得たくて来たんだよ」
――「話せ」と続きを促す蛟に頷き返し、神楽は事の経緯を蛟に語り聞かせた。




