【第二部】第二十四章 “中つ国”と“和国”
――リムタリス西区・図書館――
「ここか……」
アレンはリムタリス西区にある図書館に来ていた。昨夜、琥珀と稲姫に伝えた通り、エクスプローラーになって機密情報を閲覧可能になったため、これから行く予定の“中つ国”や、アレン達の出身地である“東の島国”の情報を確認しに来たのだ。
琥珀と稲姫には自由にしてていいと言ったのだが、
「ついてくにゃ!」
「置いてけぼりは嫌でありんす!」
とのことで、同じく図書館に来ている。今は別行動で、二人は図鑑や絵本のコーナーにいることだろう。琥珀がお魚図鑑を手にウキウキとしていたから、今日も夕飯はお魚がメインになりそうだ。
稲姫は絵本が好きみたいだ。昔キヌさんに読んでもらったとのことで、色々な絵本を見ては目をキラキラさせていた。
「――っと。これかな」
そうこうしている内に、アレンはお目当ての本を探し当て、本棚から引き抜く。他にもいくつか参考になりそうな本を確保し、テーブルに持っていった。
◆
――“中つ国”
……エルガルド大陸の東に位置する大陸。人間と妖獣が地域を分けて居住しており、互いに相互不干渉を徹底している。これは、新暦786~789年に人間と妖獣の間で大きな戦争――“中つ国人妖戦争”があり、以来、不要な争いを避けるため、人間と妖獣の間で取り交わされた不可侵の約束事に基づいている。往来の際は、人間の居住地域のみでの活動を遵守すること。
(ふむふむ……ここまでは基本的な内容だな。もっと詳細な内容は――これか?)
……中つ国に存在する妖獣達の中でも、特に強大な力を持つ者達は“四神獣”と呼称される。――“東の青龍”、“西の白虎”、“南の朱雀”、“北の玄武”。中つ国に暮らす妖獣達にとって、“守護神”として崇められている存在でもあり、決して手を出すべからず。
(なるほど……手を出して四方の四神獣が一斉に蜂起したら、また大戦争が始まりそうだな……)
楓のいるという森についてのめぼしい情報は無かった。琥珀が隠れ里というだけあって、やはり存在を秘匿されているのだろう。
◆
(次は、“東の島国”だな……)
アレンは、自分達の出身地と思われる東の島国についての資料を開く。
――“和国”
……中つ国から海を東に渡った先にある島国。人間と妖獣が地域を分けて生息するが、一部例外有り。稀に、土着の神として人間が妖獣を崇め、共存するケースも確認されている。存在は定かではないが、人間と妖獣の間を取り持つ一族の存在により、この様な共存がなされていると推測される。
(ここに書かれてる一族って、うちの“御使いの一族”のことか? ……もっと詳しい情報は――)
ふと、アレンの頁をめくる手が止まる。
「――――は?」
【追録】
……しかし、新暦1072年に人間と妖獣の間で戦争――“和国人妖戦争”が勃発。生き残った人々は海を渡り中つ国に逃げ延び、同年、和国は“特急危険地域”に指定される。新暦1074年現在、和国のほぼ全領域が妖獣の支配下にあるものと推測される。決して立ち入るべからず。
◆
「嘘……だろ?」
情報量の多さに頭が追い付かない。軽く目眩を感じ、アレンは額を手で押さえた。
暦について、人間の信仰する現人神が誕生したとされる年を境に、それ以前は“旧暦”、それ以後は“新暦”と区分されている。
現在は新暦1075年であり、和国で人間と妖獣の戦争が勃発したのは、今から三年前ということになる。アレンの出身がもし本当にその島国であれば、神楽として生活していたのはそれ以前ということになるだろう。そして、戦争で人間は妖獣に敗れ、生き残りが海を渡って中つ国に逃げ延びたと……。
このリムン国で戦争に対しての危機感を全く感じられないのは、和国との離れた立地――中つ国と海を間に挟んでいる――からだろうか。更に、比較的近い立地の中つ国での人妖戦争も今からおよそ三百年前で、戦争に対する感覚自体が麻痺しているのかもしれない。
「これは、とんでもないことだぞ……?」
今、楓達が中つ国にいることの説明もついた。つまりは、逃げ延びているのだ。――隠れ里にいるとのことだが、本当に大丈夫なのか。
――アレンはふらつく足で席を立ちあがり、琥珀や稲姫と合流しに向かうのだった。




