【第一部】第六章 ミハエルとの決闘【二】再会
――闘技場――
アレンとミハエルの舌戦――らしきパフォーマンスが終わり、いよいよ決闘が開始されようとしていた。審判である青年の教官から、決闘についてのルール説明がある。
要約するとこうだ。
魔法や武技の使用は可。ただし、殺傷性の高いものに関しては、致命傷となる強度での相手への直接使用は禁止とする。
審判が過剰と判断すれば即刻使用者の負けとする。また、武器以外のアイテムはポーションなどの治療薬を含めて使用不可。
その他、明らかに過剰な危険を伴う行為も全般を禁止とする。どちらかの戦闘不能をもって勝敗を決する。なお、降参は可とする。
ずいぶん予防線を張ったルールになっているが、命のやり取りまでは求められない今回の決闘において言えば妥当だろう。
アレンとミハエルは双方ともルールに同意し、距離を空け対峙した。教官が告げる。
「それではこれより、ミハエルさんとアレンさんの決闘を開始します! ――始めっ!!」
◆
開戦の合図と同時、両者が動いた。
アレンは腰に佩いた双剣を鞘から抜き、ミハエルに向け駆け出す。正面からの真っ向勝負だ。それに対しミハエルは魔法の呪文詠唱を行っていた。
「ふははははっ! 出でよ! <創造―岩人形―>っ!!」
ミハエルの前に5体のゴーレムが地面からせり上がってくる。
土属性の中級魔法、“ゴーレムの創造”だ。それも5体。流石は学年首席といったところだろうか。
地属性の魔素を地面に込め、強度を高めたゴーレムを生成する。練度が高いためか、造形が騎士風の精巧なものになっており、剣と盾も装備している。
観客席の一部から「汚ねぇ!」と野次がとぶ。どう見ても絵面は多勢に無勢だからだろう。
「汚くなどない! これこそ私の魔法! “ミハエル騎士団”だっ!!」
ネーミングセンスはともかく、ルール外の行為という訳でもないし、アレンは特にこれを卑怯とは感じていない。
四方八方から襲いかかってくるゴーレム達を双剣で受け流しながら平行して呪文を詠唱。距離のあるミハエルに向け、出力を抑えた<ウインドカッター>をお見舞いする。
「無駄無駄ぁ!!」
ゴーレムが一体、ミハエルとの間に入り、盾で<ウインドカッター>を防いだ。盾に裂傷がつくが、瞬時に再生される。――たいした魔素制御だ。
「近接戦をしながらの平行詠唱には驚かされたが、私には通用せんよ!」
悔しいがそうみたいだ。何度か繰り返すも結果は同じだった。
アレンの魔法だけでは打開策が見つからない。これはもう、なんとかして近接戦に持ち込むしかなくなった。
◆
アレンは武技にリソースの割り当てを切り替えた。
<豪撃>
……武器を含めた攻撃の強度が上がり、硬いゴーレムの装甲も斬り裂けるようになる。
<金剛>
……肉体や装備の強度が上がり、今までは受け流さざるを得なかった攻撃を受け止め、押し返すことができるようになる。また、被ダメージも軽減する。
<瞬迅>
……回避や攻撃の速度が上がり、複数に囲まれても手数で遅れを取らなくなる。
近接系武技の中でも基本となる3種だが、使い手の練度によってそのレベルは大きく異なる。
練度は“S、A、B、C、D、E、F、Gの8区分”で、アレンはいずれの武技も上から3番目の“B”だった。
この学校に入る前、おじさん――ルーカスと様々な修羅場を潜ってきた。その成果だ。
◆
――いつしか、両者の力は拮抗していた。
アレンは時には守り、時には回避しながら幾つものゴーレムを双剣で斬り捨て、ミハエルとの距離を詰める。
それに対しミハエルは、損傷したゴーレムの再生と平行して新たなゴーレムを創造し、壁を増やす。
しかも土属性の攻撃魔法、岩塊を飛ばして対象にぶつける<ロックブラスト>も織り交ぜてくる。そこに先程までの軽口や余裕は存在せず、額に汗し、真剣そのものだ。
観客から歓声が上がる。二人の技術は卓越しており、勝負の行方は予想がつかない。エリスやカールも懸命にアレンを応援していた。
◆
だが、次第に状況に変化が現れ始めた。
少しずつアレンが押し始め、ミハエルとの距離を詰める。ミハエルの精神力の方が先に尽きかけているのだ。
観客席では、アレン応援側からは歓声が、ミハエル応援側からは悲鳴が響き渡る。
――エリスに至っては拍手をしながらはしゃいでいた。
ミハエルは悔しげに顔をしかめるも、アレンの優勢は変わらない。ここを好機とみたアレンは一気に距離を詰めようとした。
――ちょうどその時。
◆
アレンは後方からとてつもない悪寒を感じた。ミハエルやゴーレムからではない。反対方向である後方から複数の危険を察知したのだ。
間もなくして不可視の飛来物がアレンに殺到した。アレンは緊急回避で横っ飛びに躱そうとするが、その内の一つがアレンの足を突き刺す。
アレンはすぐさま態勢を整え、足に刺さった飛来物を抜きにかかる。それは透明に加工された針だった。直ぐ様抜くが――
(――痺れっ! 毒針――即効性の麻痺毒かっ!!)
ミハエルがそんなアレンの異変を見逃す訳がない。近くにいたゴーレムの一体が剣を振りかぶった。
(――マズイ。マズイマズイマズイッ!!)
震える両手で双剣をかろうじて身体の前でクロスさせるが、アレンはゴーレムの一撃をまともに喰らい吹っ飛んだ。
観客席から悲鳴が上がる。毒のせいか、吹っ飛ばされた際の当たりどころが悪かったからか、朦朧とする意識の中、アレンはこちらに近付き剣を振りかぶるゴーレムを見上げた。
――「大丈夫、―――はあたしが絶対に守ってあげる!」
嬉しかった。でも、守られるだけでなく守りたかった。
――「助けてくれてありがと!」
嬉しかった。守れるようになったんだと。
記憶が走馬灯のように駆け巡る。こんなことあったっけ? と思うものも多かった。
ふと、哀しげな金髪碧眼の少女の顔が浮かんだ。
ふと、エリスの辛そうな顔が浮かんだ。
そうだ……俺は、まだ、全然何も守れてない!
こんなところで終わるのは断じて認められない!
――俺自身が、そんなこと絶対に許せない!!
アレンの中で何かの音が鳴った。
◆
ピクリとも動かぬアレンにゴーレムが剣を振りかぶり、勝利を確信したミハエルは、その時信じられぬ光景を見た。
アレンの身体を黄金色の光が包み、胸元から何かが飛び出してきた。とても小さい。小動物だろうか。
ソレが「キュイ」と鳴いた直後、剣を振りかぶっていたゴーレムが土に還る。ゴーレムを構成していた魔素がソレに流れ込んだ。
ソレがもう一鳴きすると、再度アレンの身体が光に包まれ、呆然としたアレンが身体を起こした。
(何なんだ……何なんだよアレは!)
この場で一番動揺していたのはミハエルかもしれない。