【第二部】第十六章 妖狼の誇り
――ガラート村――
妖猿の撃退後、アレン達は妖狼や村人達に宴でもてなされた。
「んくっ……んくっ……んくっ!」
「おお! 結構いける口ではないか!」
人化している雷牙から酒を注がれ、アレンは一気に酒杯を飲み干す。雷牙も既に出来上がってる様で、赤ら顔でご機嫌に、焼いた鶏ももの骨付き肉に食らいついている。
「雷牙ずるいにゃ! うちにも!」
こちらにも出来上がってる者がいた。赤ら顔の琥珀は雷牙の皿から骨付き肉を奪うと――
「うみゃ~!!♪」
がぶがぶと骨付き肉にむしゃぶりついた。
「琥珀! それは我のだぞ!」
「まだまだたくさんありますから、お好きなだけどうぞ♪」
雷牙が琥珀に不平を漏らすが、村の女性が新しい大皿を持ってきてくれた。鹿肉のステーキが山菜と共に盛られている。
「豪勢ではないか! うむ、実に良いぞ!!」
「ご馳走にゃ~!!♪」
新たなご馳走は雷牙と琥珀の新たなターゲットになり、二人がうまうまと貪り食う。――いつの間にか、雷牙も琥珀に「殿」付けはしなくなっていた。打ち解けている様で何よりだ。
「主様! これも美味しいでありんすよ!」
稲姫は酒を飲んでいないが、上機嫌に果物の盛られた皿を持って来ていた。食べやすいサイズにカットされた果物が種々盛られており、色彩も豊かで食欲をそそる。
「一つもらおうかな」
アレンは稲姫が手に持つ皿から果物を一つ取り口に運ぶ。甘酸っぱい果実の汁が口いっぱいに広がり、サッパリしててとても美味しい。
――アレン達は村人や妖狼達と大いに盛り上がり、そうして夜が更けていった。
◆
【翌日】
アレンは轟音と地響きで目を覚ます。昨晩は村長宅に雷牙と共に泊めてもらい、語り合ってから寝ていた。
部屋に雷牙の姿は無く、家の外から村人の怒号や悲鳴が聞こえる。
「ご主人! 稲姫ちゃん! 外に出るにゃ!」
「な、何でありんすか?」
琥珀や稲姫も異変に気付いて起きていた。琥珀はアレン達よりも早くに起きたのだろう。アレンと稲姫を急かし、外に出ようとする。
「またあいつらか……? とにかく、様子を確認しに行くぞ!」
アレンは双剣を腰に佩き、琥珀と稲姫を連れて急いで外に出た。
◆
村長宅を出て周囲を確認すると、民家の一つに巨岩が突き立っていた。屋根や壁を突き破っており、その質量の凄まじさを物語っている。
少し離れた場所で、壊れた家を見ながら泣き叫ぶ子供を、母親だろう女性が手を引っぱり連れて行こうとしている。
「ひどい……」
隣の稲姫から呟きが漏れる。
「ご主人、あそこにゃ」
琥珀の指さす先――村の入口付近を見ると、妖猿を引き連れ、白髪の偉丈夫が立っていた。獣化した雷牙が妖狼達を率いて相対している。
――アレン達もすぐさま雷牙の元に向かった。
◆
「昨日は随分俺の部下が世話になったようじゃねぇか。お礼参りに来たぜ?」
「――まだ懲りないか、猿共めが」
雷牙が身体に紫電を纏う。村の上空に雷雲が形成され、ゴロゴロと音が鳴る。――アレン達が入口に着いた時には、もう臨戦態勢だった。いつ戦いの火蓋が切られてもおかしくない。
白髪の偉丈夫がアレン達に気付き、声をかける。
「よう。俺の部下をいたぶってくれたのはお前らか? 舐めた真似――」
最後まで言葉を発することなく、白髪の偉丈夫の姿が掻き消えた。――離れた場所から、凄まじい轟音が響く。
音の発生源を見ると、先程民家に突き刺さっていた岩に偉丈夫が埋め込まれていた。ヒビが放射状に入り、その威力の凄まじさを物語っている。
「――琥珀?」
アレンは凄まじい気配を感じ、元を辿ると蹴りの残身をとる琥珀がいた。いつもの飄々とした振舞いは微塵も感じられず、肉眼でも視認できる程の凄まじいオーラを身体に纏っていた。
いつものライトグリーンの両目は今では金色に輝き、瞳孔が縦に割れている。
琥珀は悠然と偉丈夫の元に歩み寄ろうとするが――
「――待つのだ琥珀っ!!」
琥珀を大声で呼び止める者がいた。――雷牙だった。雷牙は、歩みを止める琥珀の前に回り込む。
「其方は強い。あの妖猿の神獣――白巌といえど、敵ではないだろう。――だが! これはもとより、我ら妖狼と妖猿の戦。ここは、我に出番を譲ってはくれぬか?」
――このまま琥珀に助けられるのは、妖狼のプライドが許さない。
雷牙の目がそう物語っていた。
琥珀はしばらく雷牙の目を見据える。――そして、ふっとオーラを解いた。
「わかったにゃ。――ここは雷牙に任すにゃ」
いつもの琥珀に戻り、雷牙に笑みを送る。
「任された。其方らはそこで見ておるがよい」
雷牙は白髪の偉丈夫――白巌の元に歩み寄る。
「白巌よ、其方の相手はこの我だ。――いつまで寝たふりをしている。さっさと起き上がらんか!」
「――チッ……。どいつもこいつも舐めてやがる……!!」
白巌は埋め込まれていた岩を拳で叩き割り、起き上がる。
「マズはお前だ。――その後は、そこの猫だ。お前はただじゃおかねぇ」
白巌は琥珀を指差し闘志を燃やすが、琥珀はどこ吹く風だ。
「棍を渡せ」
白巌は近くにいた妖猿から棍を受け取り、雷牙に向けて構える。
「犬っころとの一騎打ちってのも悪くないな」
「ぬかせ。――猿ごときが」
――“妖狼”雷牙と“妖猿”白巌、トップ同士による戦いの火蓋が切って落とされた。




