【第二部】第十一章 トニトラス山脈
――トニトラス山脈麓・山道前――
「ここか……」
「到着にゃあ!」
「やっと着いたでありんすね」
アレン達はトニトラス山脈麓の山道前に辿り着く。野宿を挟んだとはいえ、リムタリスからおよそ一日歩き続け、稲姫の言う様に、アレンもやっと着いたかという思いが強かった。――琥珀はぜんぜん元気だが。
「目的を再確認しておくぞ? この山脈にある山村――“ガラート村”まで山道を通っていく」
「『化け物が出る』って噂があるんだったにゃ?」
琥珀の問いにアレンは頷き返す。
「そうだ。その化け物の噂のせいで、行商人が寄り付かなくなってるらしい。実際に山道を通って村に行くことで、化け物がいるかどうかを確かめ、――いた場合、排除できる様なら排除する」
「難しそうだったら?」
今度は稲姫からだ。アレンは首を横に振り、
「相手が強そうで、俺達で太刀打ちできなさそうなら引く。今回の依頼はあくまで、山道や村の状況確認で、脅威の排除は二の次だ」
琥珀と稲姫がうなずく。
「まぁ、会ってみないとわからないにゃ。それから決めればいいにゃ」
「そうでありんすね」
琥珀と稲姫は肝が据わってるというか、物怖じしないな。頼もしいことだ。
「じゃあ、このまま山道を進むぞ。周りを確認しながら進もう」
そうして、アレン達は山道を登り始めた。
◆
「何も出ないな……」
「まだ村までは距離があるにゃ?」
琥珀の問いに、アレンはデバイスのマップ表示で村までの距離を確認する。
「あと数刻歩けば着きそうだ。暗くなる前には着くと思うが」
「何も出ないならそれが一番でありんすけどね」
「ああ、そうだな」
(稲姫の言うことも尤もだ。何も無いなら無事を確かめればいいだけだ)
――そう考えた矢先のことだった。
「グルルルル……!」
「あ、出たにゃ」
「モンスターか……“ファングウルフ”。この山脈に生息する狼のモンスターで、巨大な牙が特徴だ」
アレンはデバイスから、モンスターについての情報を読み出す。デバイスには先人エクスプローラー達の調査結果が蓄積されており、この様に冒険に役立てることができる。
「単体脅威度D-……蹴散らすぞ!」
「了解にゃ!」
アレンの合図で琥珀がファングウルフに瞬間移動もかくやのスピードで肉薄し、蹴りをかます。
ファングウルフの牙がへし折れ盛大に吹っ飛ぶ。山道脇の樹に激突し、振動で樹からたくさんの鳥が飛び立った。
――瞬殺だったな。
「……ちょっと憐れだったな」
「弱すぎるにゃ」
琥珀に出会ってしまった自分の不幸を呪ってくれ、とアレンはファングウルフの遺体に黙祷を捧げる。
「化け物じゃなかったでありんすね」
「そうだな。この辺にいるのがわかってるモンスターだったし。――でも、注意して進むぞ」
うなずく琥珀と稲姫を連れ、アレンは村への山道を進んだ。
◆
「なんか、天気が急に悪くなってるにゃ?」
「そうだな。山の天気は移ろいやすいとは言うが、――これは明らかにおかしい」
「ビショビショでありんす……」
あれから山道をしばらく進み、村まであともう少しかというところで、急に天気が悪くなった。雨が降りしきり、雷がゴロゴロと鳴る。アレン達はカバンから雨具を出して着込むが、既に結構濡れてしまっていた。
「――ん? 何だ?」
アレンが坂道の先を見ると、行く手を阻むように、何かが複数立ち塞がっていた。琥珀がすぐさま臨戦態勢に入る。
(あれは…………狼?)
灰色の体毛に覆われた狼の群れだった。――中央の一体の体躯が特に大きく、威圧感を放っている。
「立ち去れ、人間……」
「――男の声?」
「ご主人、どうするにゃ?」
「話してみよう」
琥珀と相談し、アレンは狼に話しかけようとするが――
雷鳴が轟き、アレン達の目の前に巨大な雷が落ちた。瞬時のことで、誰も反応ができなかった。
「もう一度言う。ここより立ち去れ、人間……」
――狼は大きな体躯に紫電を纏い、威風堂々たる様でアレン達を見下ろしていた。




