【第二部】第九章 会得 <幻惑魔法>
――野営中――
「しっぽが増えてどうだ? 何か変わりは無いか?」
夕食を食べ終えて一服しながら、アレンは稲姫に調子はどうか聞いてみる。
「ふふふ……」
稲姫のしっぽが左右にフリフリされる。二本になって。『よくぞ聞いてくれました!』とばかりに、顔もどこかドヤ顔だ。
「なんと! <幻惑魔法>を使えるようになったでありんすよ!」
稲姫が腰に手を当て、胸を張って言う。
「昔使えたって言ってたもんな。おめでとう!」
「おめでとうにゃ!」
「ふふん♪」
アレンと琥珀が素直に褒め称え、稲姫も得意げだ。
「それに、魔素の総量も増えたから、身体も強くなったでありんすよ」
「道中、力が足りないからってしょんぼりしてたもんな。とにかくよかったな!」
いいことづくめだった。そこで、アレンはふと気になる。
「稲姫が<幻惑魔法>を使えるなら、俺にも使える?」
自分を指差しながら稲姫に聞いてみる。
「前は使えたから、使えるはずでありんすよ。やってみるでありんす」
前っていうのは、記憶を失う前、神楽時代のことだな。でも――
「どうやってやるんだ?」
<幻惑魔法>をかける相手が……あ、いるな。一人! アレンと稲姫は琥珀を見つめる。
「う、うちにゃ!?」
琥珀が後退る。――気持ちはわかるが、
「琥珀しかいないんだ。な? 魔法かけていいか?」
「琥珀ちゃんならきっと効きやすいでありんすよ」
「なんとなくバカにされてる気がするにゃ……」
琥珀がどことなくムスっとしているが、拒否はしないのでOKなのだろう。
――なので、やってみることにした!
◆
「……琥珀、覚悟はいいか?」
「か、かかってこいにゃ!」
「いい覚悟だ」
アレンはさっそく、琥珀に<幻惑魔法>をかけようとする。が――
「やっぱりわからん。稲姫、先に俺にかけてみてくれ」
「わかりんした」
稲姫に<幻惑魔法>をかけてもらい、感触を確かめてみることにした。
「…………」
稲姫がアレンに手を向け、集中する。アレンに向けて、稲姫の手から、何か透明なものが飛んできた。
――一瞬、アレンの意識が揺さぶられる。意識を集中して前を見ると――
「あれ? 稲姫、大きくなったか?」
特徴は同じだが、いつもの稲姫よりも大きい。しっぽも三本だ。
「主様は、以前のわっちを見てるのでありんすよ」
稲姫の声だが、どことなく大人っぽい落ち着きがある。鈴を転がすような澄んだ美しい声音だ。
「そうか……これが<幻惑魔法>か」
アレンは目を閉じ、自分に何か変化が生じていないか、意識を内側に向けてみる。かけられた直後、一瞬だが、意識が揺さぶられた。――であれば、脳か。
注意を自分の頭に向け、<魔素操作>習得の際に得た魔素感知を向けてみる。すると――
「――あった。これか」
人間は自分の体内に魔素を持たない。なのに、今は頭の中に魔素を感じられる。その形を読み解く。
「なるほど。自分の思考イメージを魔素に乗せて、相手の脳に刷り込む感じか」
アレンは目を開け、稲姫を見る。稲姫は、よくできましたとばかりに優しく微笑み――
「じゃあ、解除するでありんすね」
幻惑魔法が解かれ、アレンが正気に戻った。
――目の前には、先程よりも小さい、今の稲姫が笑顔で立っていた。
◆
「よし。じゃあ、感覚を忘れない内に――いくぞ琥珀!」
「は、はいにゃ!」
急に名を呼ばれた琥珀の背筋がピンとなる。怖いようで、ソワソワ落ち着きが無い。アレンはすぐさま、思い浮かべた思考イメージを、手に集めた魔素に乗せて目の前の琥珀に放つ。
魔素の塊が琥珀の頭部に吸い込まれる。――そして、その効果はすぐさま現れた。
「あ、あれ? 昔の稲姫ちゃんにゃ?」
周囲を見回す琥珀は稲姫に目を止め、変化に驚く。
「うんうん。成功だ!」
「さすがは主様でありんす!」
アレンと稲姫は喜びながらハイタッチした。
「ちょ、ちょっと! 終わったなら早く解いて欲しいにゃ!」
焦った琥珀が手を振り回す。
「悪かった悪かった。――これでどうだ?」
<魔素操作>で、琥珀の頭に刷り込んだ魔素を除去する。
「よ、よかったにゃ。元通りにゃ」
琥珀はほっと胸をなでおろした。やっぱり怖かったのだろう。
「でもこれで、無事に俺も使えることがわかったし、万々歳だな!」
「この調子でどんどん強くなるでありんすよ!」
「よかったにゃ!」
新たな力の会得を三人で喜び合う。
――そうしてアレンは、稲姫の<幻惑魔法>を会得した。




