【第二部】幕間 博士の思惑
――???――
「そうですか。それで、後始末はキッチリ済ませてますか?」
「はい。それは、滞りなく……」
薄暗い室内。密偵は博士に事の次第を報告する。前の密偵は処分された。Dナンバーズを連れてS―03から妖狐を奪ってくるよう指示されたが、失敗して敵に捕らえられたのだ。情報を漏洩させない様、秘密裏に処理された。
「しかし、私の知らない妖獣ですね。それは……」
博士がアゴに手を当て、考え込む。
怪力の妖獣が介入し妖狐を封印した封印石を破壊。そして、密偵を含むDナンバーズを瞬時に全滅させたと密偵が報告したのだ。
「あの時はいませんでした。どこかに逃げていたのですかね……」
博士は室内をウロウロ歩き出す。考え事をしている時の癖だ。
「Dナンバーズは欠陥品とはいえ、密偵を含めて瞬時に全員を無力化する力には興味があります」
「では――」
再度の奪還指示かと問おうとする密偵を博士が首を左右に振って制し、
「いえ、他に優先してやることがありますので、戦力はそちらにあてます」
密偵は自分に奪還指示が下らなかったことにホッとする。遠目にだが、その時の戦闘を見ていた者として、勝てる気がしなかったのだ。
「あなたにも仕事がありますからね。忙しくなりますよ」
――密偵は仮面の下で、暗澹とした自分の未来に絶望するのだった。
◆
「お前の大事なS―03はまだ生きているそうですよ。よかったですね」
博士は、ある培養槽の前まで歩いてくると、中の少女にそう告げる。少女からの反応は無い。博士は構わず続けた。
「お前が自分を犠牲にして助けたのに、いい気なものですね。学生生活を楽しんでるそうですよ?」
それでも少女からの反応は無い。博士も気にした様子は無く、
「しばらく泳がせることにしました。私の知らない妖獣も新しく従えた様ですし、これからも増やしていくことでしょう」
――ふいに、扉の開く音が部屋に響いた。
「博士。次の出番はいつかな?」
仮面をつけ、マントを羽織った少年が部屋に入ってきた。この部屋に無断で入ってこられる存在は限られている。博士も振り返らずに答える。
「明朝には出ますよ。今度の相手は大物ですからね。お前にも、ぞんぶんに働いてもらいますよ? S―01」
「あぁ、任せてよ。――ところで、そんな死に損ないにまだ興味があるのかい?」
博士からS―01と呼ばれた少年が、培養槽の中の少女を見ながら言う。
「この子にはまだまだ利用価値がありますよ? ――あぁ、そうだ。お前には言ってなかったですね。S―03が生きてるそうですよ?」
博士の言葉に少年が一瞬硬直し――
「――へぇ? まだ生き恥を晒してるんだ? ――それで、今はどこに?」
「教えません。教えたらお前はS―03を殺しに行くでしょう?」
「もちろんだよ」
少年が躊躇無く言う。博士はため息をつき――
「S―03には再び“力”を集めてもらいます。そうしたら、またお前の出番ですから、それまで大人しく待ってなさい」
「あいつが僕に勝てる訳がないしね。――そうだな。そっちの方が面白そうだ! 自信に満ちたあいつを、またねじ伏せてやろう!」
少年にしては珍しく、昂っているようだ。博士もうなずき、
「お前がいれば容易いことでしょう。――でも今は、明日の仕事ですよ?」
博士が少年の方を振り向き、釘を刺す。
「わかってるよ。じゃあ」
少年は手をヒラヒラさせ、部屋から出て行った。――また部屋に静寂が戻る。
「お前もS―03が戻れば嬉しいでしょう? 楽しみに待ってなさい。いつか、また会わせてあげますよ」
「次こそ死ぬかもしれませんがね」と呟き、博士も部屋を出て行った。
部屋の培養槽に取り残された少女の目が薄く開き、――そして、また閉じた。




