【第七部】第十章 黒龍無双
――後城・二の丸・輪状水路――
後城、二の丸にある輪状水路。その名の通り、二の丸をぐるっと輪状に抜ける幅広の水路だ。
後城は他の城同様、外縁部から内側に向けて三の丸、二の丸、本丸の三重構造をとるが、その形は同心円状。つまり、円の中心に本丸があり、東西南北どこへでも同等の距離でむかえる。
今回騒ぎが起きたのは輪状水路の南側。南からは後城に向けて川が流れ込んでいる。そして川は後城内を行き渡りながら海に向けて北北東に流れ出てゆく。
どうやら、何らかの異常事態で黒龍が南から流れ込んでしまったのだろう。こんなこと過去にあった試しがない。――いや、あってはならない大惨事だ。
「風鬼! ほら、早く!」
「わかってます! ――というか、走りなさい、あなたは……」
「こっちの方が早いじゃないか!」
隠形鬼からの知らせを受け、風鬼は水鬼を背負いながら空を飛び現場に向かった。
◆
「風鬼様!」
「現況は――どうやらよくはないようですね」
風鬼は現場につき着陸すると、水鬼を背からおろした。そうこうしている間に部下達が集まってきた。
予想以上に状況は悪い。水路沿いの陸地には、四鬼の配下達が雑多に転がっている。死んでいる者もいればうめき声を上げている者もいる。地面は川が氾濫したかのごとく、濡れていない箇所はないのではと思えるほど辺り一面水浸しだ。
肝心の黒龍が見当たらない。だが、水路の一点にはびこる水鬼の部下やそれを取り囲む他の四鬼の部下達の配下から風鬼は察する。
――黒龍は水中を動き回りこちらの攻撃が届いていないのだと。
夜の水面は黒一色で底は見通せない。水鬼の部下達が必死になって水中にもぐっているようだが、あちらこちらに移動している様から追いきれてはいないようだ。黒龍の方が移動速度が速いということだ。
そうこうしているうちに、水中から顔を出した水鬼の部下が警告を発した。
「――来るぞっ!!」
端的な警告。だが、もう何度も繰り返されたことなのだろう。皆の動きは速い。我先にとその場から逃げる。そうこうしているうちに水面が盛り上がった。
派手な水飛沫を上げ、黒龍がその威容を現した。巨大なアギトには、水中で捕捉したのだろう、水鬼の部下達が何体もくわえられている。皆手足はだらんとしており、生きているかもあやしい。――いや、きっともう死んでいるだろう。黒龍が脇に向けてぺいっと放つも、身動ぎすら全くせず地に叩きつけられているのだから。
「ぁあんにゃろうっ!!」
「水! うかつに近付いては――」
風鬼が止める間もなく水鬼が黒龍めがけ水中に飛び込む。そんな水鬼を嘲笑うかのように黒龍は水中にもぐっていった。再び四鬼の部下達が集まってくる。
「ええい! 何をしているのです! 馬鹿の一つ覚えのように!!
私の配下は集まりなさい!!」
風鬼の呼応にこたえ、まだ戦える部下達が風鬼の側に集まる。風鬼は水鬼達が潜った水面の真上に移動した。部下達は、何か言いたそうにしながらも風鬼に追随する。
「私の合図に従い、風を起こしなさい! 巨大な竜巻を発生させ水ごと龍を――」
「き、きたっ!!」
「やっぱりダメだ!!」
風鬼が最後まで指示を発する間も無く、真下から水流がとぐろを巻いて襲いかかってきた。幾筋も幾筋も。それがまるで生き物のように空中にいる風鬼の配下達を飲み込み、水中へと引きずり込む。
風鬼の案などとうに試されていたのだ。そしてその度に失敗していた。
風鬼はなんとか水流群をかわすも、反撃する余裕はない。自分の誇りを傷つけられたことで風鬼の頭に血が急速に流れ込み、眼前が赤く染まると勘違いする程の怒りを覚えた。
「バ、バカやろう! 水鬼の部下達に当たってんじゃねぇか!! 投げ槍はやめろっ!!」
水路の反対側には、地を走りようやくたどり着いたのだろう。金鬼が部下達をしかりつけていた。金鬼達はどうにかして水中の黒龍に傷を負わせようと槍や石など様々なものを投げ入れるが、逆に水鬼の部下達が傷を負い悲鳴を上げていた。
――黒龍が四鬼達を手玉にとり、その暴虐の嵐は止むことを知らない。




