【第七部】第五章 夜営
――空香溪谷――
深夜、神楽達は空香溪谷の川沿いに降り夜営をしていた。
夜営しようと神楽が皆に伝えた時、黒磨は反対した。今も苦しめられている里の仲間を一刻も早く助けに行くべきだと。
だが、神楽から見てどうみても皆、疲労困憊している。強いて言うなら八咫は見た目まだ大丈夫そうだが、他の烏天狗達の顔色はすこぶる悪い。
無理もない。今日神楽達と命懸けの戦闘を行い、そのまま後城に向けひたすら飛んできたのだ。あまり疲れていないのは白虎と縁を結んだことで膨大な気を身体に有する神楽くらいのものだろう。
富央城奪還戦で琥珀に倒れるまで無茶をさせてしまったことは神楽にとってトラウマだ。
仲間のこともしっかり見ると誓った。自分だけ無事でもダメなのだ。仲間も含めて守る。そうでなくてはならない。
『八咫、あとどのくらいで後城に着く?』
『このまま飛び続けて明日の昼くらいか』
『救出作戦は夜に決行するつもりだ。今夜はしっかり寝て、明日に備えた方がいい』
時間的な都合もあることを伝えたら渋々ながらも黒磨は納得した。他の者達からも異論はなかった。
そして、今現在夜営中だ。
烏天狗達は飯を食べ終えると早々に就寝した。
焦る気持ちはあれど、皆、やはり疲れていたのだろう。黒磨など大いびきをかいている。
八咫だけが神楽と共に起きていた。一緒に焚き火を囲っている。神楽は寝るよう促したが何やら話をしたいようなのでそのまま続きを待った。
「悪かったな」
「ん? 何がだ?」
八咫が口を開いたと思ったらいきなり謝罪だった。
「俺の役目をお前に押し付けてしまった」
「夜営のことか?」
「そうだ」
「それは仕方ないだろう。お前だって一刻も早く助けに向かいたいのを我慢してるんだろう?」
「それはそうだが……このまま進むのは無茶だと俺にもわかっていた。あいつらを説得するのは俺の役目だった」
「悪かったな。前に出過ぎて」
「いや、感謝しているんだ、お前には。――それと同時に、自分の不甲斐なさに腹を立てている。里の女達を守れず奴らの好きにされ、慰み者にされていることにすら気付けなかった」
余程悔しいのだろう。八咫の周りに不穏な程の黒い風がまとわりつく。目の前の焚き火がその風に煽られ火勢を弱くする。
「――っと」
「すまない……」
川魚を串に通して焼いているところだったので慌てて倒れないよう手に取る。八咫もハッと正気に戻り、身に纏う黒い風はたちまち霧散した。
「お兄ちゃん……?」
「黒夜、ごめんな、起こしちゃったか」
「んーん……」
目を擦りながら黒夜が起きてこちらに歩いてきた。八咫の膝の上に座ると頭を八咫の胸にもたれかけさせた。
その微笑ましい光景に神楽の口元がゆるむ。
「弟なんだよな?」
「そうだ」
「なら大丈夫だな」
「? 何がだ?」
「お前は自暴自棄にならない――なれないってことだよ。守るべきものがあるんだ。お前は自制できる。明日は大事な人質の救出作戦だ。酷い状況にあてられて敵の殲滅にこだわらないか心配になったんだ」
「……そうだな。正直、奴らを皆殺しにしたいところではあるが、
人質を最優先に救出するのは絶対だ。明日、皆にも注意しておく」
「黒磨とか少し心配だな」
「あいつも優先順位は理解しているはずだ。……少しばかり不安はあるが」
八咫と神楽は苦笑しあう。
いつの間にか、黒夜は八咫の胸に顔をうずめ寝入っていた。八咫は黒夜の頭を優しくなでると、神楽に目配せしてうなずきあいその場を去っていった。
一人残った神楽は<千里眼>で後城内を確認する。そこで行われている非道を見据える。
焚き火を見つめる神楽の瞳には抑えようもない憤怒が満ちていた。




