【第七部】第四章 鈴鹿御前の提案
――空香溪谷上空――
「あの女鬼を信じて本当に大丈夫なのか?」
八咫が少し顔を曇らせながら神楽にそう問いかけてくる。この問答は既に何度もした。そして毎回こう返している。
「今は少しでも戦力が欲しい。それに、鈴鹿御前の提示してきた交換条件は俺に――いや、ここで暮らす人達に取っても悪いものじゃない……と思う」
言い切れないのがなんとも情けなくはあるが、内容が内容だけに仕方無いだろう。
鈴鹿御前の提案を要約すると――
『後城での人質解放を手伝う。その代わり、神楽には自分達が人界軍と会談を持つための橋渡しをお願いしたい』
とのことだ。
もちろん、なぜ会談したいのかは聞いた。それに対しても――
『自分達は日城を中心とした今の領地が保てればそれでいい。だから、相互不干渉の約束を取り付けたい』
と、一種の和解の申し出だったのだ。
『元々日城は人界軍の領地だったのをそちらが攻め取ったと聞いているぞ? 虫が良すぎないか?』
迷いながらも、後々もめることがわかりきっているのでそう反論したが、鈴鹿御前は全く悪びれた風もなく――
『自分の城が欲しかっただけ。これ以上は望まない』
とだけ言い切った。
神楽だけで決めていい話でもないので法明に相談しようとしたが、それは鈴鹿御前に止められた。
『あちらにはだいぶ恨まれているだろうから、話をするより先に恩を売っておきたい。こうして神楽に相談を持ちかけたのは、他所から来た“協力者”で直接の恨みつらみがないから』
だと言う。なぜか、神楽達が外から来たということも割れていた。情報が筒抜けだったことに背筋が寒くなる思いだ。
鈴鹿御前の隣に立つ狸の神獣に目を向けた。先の富央城での戦では、狸の神獣がなぜか護符を持っていたことが確認されている。
そのことも聞いてみたが、鈴鹿御前は『何度も説明は手間だから人界軍との会談の時に話す』とだけ。はぐらかされたようなものだが、今あまり追及して機嫌を損ねたら話自体がなくなるかもしれない。それ以上の追及はやめた。
南が驚異でなくなるのは、もうすぐ鬼月を控え生き残りがかかっている人界軍に取って今一番必要なことだとも考えられる。
鈴鹿御前の論理に隙が見当たらないのが逆におそろしい。
上手く鈴鹿御前の手のひらの上で転がされているとしか思えないが、こんな重大な交換条件を神楽の独断で無下にできる訳もない。ここに住む人達の命運がかかっているのだから。
人質解放のための行動中に裏切られたらたまらないが、それで犠牲になるのは、烏天狗達と神楽、そして少数の暗部くらいだ。
それだけのために罠にハメるとも考えにくい。
だから神楽は受けた。
「向こうに任せる場所は小鬼の赤ん坊の飼育施設だ。こんな言い方は良くないが、重要度は一番低い。念のため、俺が<千里眼>で見張っとく。様子を見ながら対応するしかないだろう。だが、上手く行けば俺達だけでやるよりも多くの者達を助けられるのは間違いない」
神楽の考えに八咫もうなずく。「そうだな……お前の考えが正しい」そう言うと、それ以上八咫も踏み込んではこなかった。




