【第七部】第二章 空香溪谷上空
【夜】
――空香溪谷上空――
神楽は夜の暗闇の中、空香溪谷の上空を飛んでいた。今ではお馴染み、<形態変化―翼―>で背に翼を生やしての飛行だ。鳥人ピノと縁を結ぶことにより獲得した技能――というより性質に近いかもしれない――だ。
背に白翼を生やし飛ぶ姿は見る者全てを驚かせてきた。何を隠そう、神楽は人間だ。信頼関係を築くことで神楽達御使いの一族はその者と同じ力を行使できる――厳密には、同じ“門”を通じてその先にある“黄昏の世界”から力を引き出せる――。そのことを知らない者達からしたら翼を生やした人間など不可思議にしか映らないだろう。
神楽の近くを黒翼を生やした者達が6体並んで飛ぶ。烏天狗達だ。
その中で特にガタイのいい黒磨が神楽を見回しながら話しかけてきた。
「にしても、ほんと人間ってのは何でもアリなんだな」
「俺達御使いの一族が特殊なだけで普通の人は無理だけどな」
誤解のないよう注意しておく。今度は温和そうな顔つきの黒悠が話しかけてきた。
「でも、他にも飛んでるヤツいたよな?」
「ああ、レインさんか。レインさんは元々、西の海を越えた先にある中つ国大陸のさらに西――エルガルド大陸の出身なんだ。向こうでは魔法ってのが主流でな、<飛行>っていう風属性の魔法で飛ぶ人もいるんだよ」
烏天狗達から感心したような声が返ってくる。
「お前はその魔法で飛ばないのか?」
そう話しかけて来たのは烏天狗達のリーダー格八咫だ。弟と手を繋ぎながら神楽のすぐ横を飛んでいた。
「俺は魔法の才能はあんまでな。習得しようとはしたけどできなかった。ってか、使える人の方が少ないな、<飛行>は上級に分類される魔法で、さらには属性的な相性もあるから」
中つ国で出会った実質最上位――ブラッククラス――ギルド“宵の明星”の隼斗とクレハは当たり前のように使いこなしていたが、魔法の才に秀でているレインでも習得に苦労したのだ――レインが苦労したのは風が得意属性でないことも要因だが――。
神楽は比較的風属性を得意とはしているが魔法の適正自体が高いわけではない。簡単に習得できるはずもないのだ。
「だがまぁ、実際今別の方法で飛べているしな。たいしたものだ」
「借り物の力だけどな」
「そう卑屈になる必要は無いだろう。重要なのは、今力を使えるかどうかだ」
そんな八咫の慰め――いや、指摘か?――に素直にうなずき返す。
半日前までは敵同士だったのによくこれだけ話せるようになったものだ。今や協力して事に当たる仲なのだから。
そんなことを神楽がしみじみと感じていると、八咫が話題をかえてきた。
「それにしても良かったのか? 本当に仲間達と別行動をして」




